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琵琶湖伝  作者: touyou
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第1部関ケ原激闘編17「戦闘の論理」

 蒋介石との戦いを制し中華人民共和国を成立させた

毛沢東は、政治的資質より軍事的資質に秀でていた。

 その乱あってこその才能は、後に文化大革命で復活

し、存分に発揮されるが、彼の戦術論を自ら言った言

葉に

「一を以って十に当たり、十を以って一に当たる」

 というものがある。

 寡兵で大兵力と戦うが、実際の戦闘では、敵の弱い

部分か最重要部分に、全兵力を集中させるという意味

である。

 島津の戦 (いくさ)は、ほとんどが寡兵で多兵を制

したもので、それも毛沢東より四百年前であり、島津

からみれば、毛沢東の言葉など赤子同然となろうか。

 この関ケ原の退却戦の島津の戦法捨て奸(すてがま

り、琵琶湖伝十参照)は、己 (おのれ)を犠牲に盾とな

り、敵を足止めし、時を稼ぐことで、主君を逃すもの

だが、むやみに己の生命を捨てるわけではなく、やは

り盾になる者たちは追ってくる敵の「最重要部分」を

見極め、「足止め」させるのである。

 六五歳の老将島津義弘を守っての退却はどうしても

全速力で駆け抜けるといった形にはなりにくく、追う

松平忠吉との距離が、次第に縮まってゆく。

 「しんがり」役を務める長寿院 盛淳は、その差を

広げるために、己の部隊を停止させた。

 三〇名いた郎党も二二名になっていたが、鉄砲を細

引きで背中に結うてきた者が 十名いた。

 その者たちのうち七名を街道に座らせ、三名をその

後ろに立たせ、さらに長寿院たちが背後に控えた。

 忠吉の騎馬隊の先頭の者たちが、十メートル位まで

近づいた時、長寿院は座した鉄砲衆に射撃を命じ、忠

吉の騎馬武者たちは当然のように銃弾を受け、落馬し

ていく。

「殿を守れ。」

 後続の騎馬武者たちが声を挙げた。

 そして一人の騎馬武者の周りを何人もの騎馬武者が

囲みかけようとした瞬間、十五メートルほど先の、そ

の騎馬武者に向かい、立位の三名の種子島が火を吹い

た。

 二発は囲もうとした者たちに当たったが、一発はそ

の騎馬武者の右肩を貫いたのである。

 肩を撃たれ落馬しそうになる武者を、周囲が支える。

 同時に馬上の長寿院は

 「全員、突撃」

 といいながら、騎馬隊に突進してゆく。

 他の者も主 (あるじ)に負けじと走り出した。

 「殿を下がらせよ」

 という声と

 「島津にむかえ」

 という声が混ざる中、 数十の騎馬が長寿院たちを

迎撃する。

 大混戦が数分続いた後、

 「引けー、引けー」

 と忠吉側の退却の命令が聞こえ忠吉の騎馬隊が後戻

りをしていった。

 長寿院自体、何が起こったのか判断できず、一瞬、

立ちすくんだが、いずれにせよ、敵が勝手に逃げたの

に、この場にいる意味もなく、義弘の後を追うことに

する。

 長寿院に従う者はわずか十二名に減っていた。

 何故、忠吉の部隊が兵を引いたのか。長寿院には永

遠にわからぬままになるのだが、寡兵で敵の進撃を食

い止めるには、「一を以って十に当たり、十を以って

一に当たる」には、現実に接触する最前線の戦闘指揮

官(現代戦なら少尉クラス)を狙うことで、戦闘機能を

低下もしくは停止させるしかない。

 長寿院はその原則に従い、勇猛な戦闘指揮官なら先

頭を駆けるであろうし、最悪でも二番手にいると考え、

座した七名を一の矢、立位の三名を二の矢としたのだ。

 二の矢を立たせたのは二番手の位置に戦闘指揮官が

いる場合、彼を守ろうと周囲が絶対に動く、その動き

の中心(戦闘指揮官)を撃ち抜くには、動きの見やすい

立位が自然だからである。

 ただ長寿院も戦闘指揮官の一人や二人が負傷したく

らいで、戦闘行為が終了するなどとは思っていない。

 長寿院の戦闘目的は「時を稼ぐ」だけである。

 では何故、忠吉隊は、戦闘行為を終了する事態に陥っ

たのか。

 それは、肩を撃ち抜かれた者が、松平忠吉本人だっ

たからである。

 家康様の息子を負傷させた忠吉の家臣たちの衝撃は、

島津追撃など些事と考えるに充分なものだった。

 松平忠吉が男の誇りを賭け、騎馬隊を率いて島津を

追撃したことが、まさに裏目に出たのである。

 以下十八に続く


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