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琵琶湖伝  作者: touyou
162/208

第三部江湖闘魂完結編百五十九「宝岩院の老師」

 第三部江湖闘魂完結編百五十九「老師の実力」

 お香は、僧の傍らを過ぎたとき僧に向かい軽く黙礼をした。

 首を下げた分、当然だがわずかに老僧から視線がはずれる。

 お香が眼を上げたとき、老僧はお香の三メートルほど先で

やはり落ち葉を掃いていた。

(今、横にいたのに)

 内心そう思いながらお香は、また老僧の傍らを過ぎるとき

黙礼したが、眼だけは老僧から切れないようにした。

一瞬まばたきをしたのだが、その刹那に老僧が動いたとしか

思えない素早さでお香の三メートル先でやはり箒 (ほうき)

を動かしている。

(瞬間移動だ)

 お香は思った。

 瞬間移動、テレポーテーションという現象は人がある場所

からある場所へ時に数千キロ、時には数メートルと、物理的

に移動不可能な距離を瞬時に移動してしまう現象であること

は琵琶湖伝百三十五「空中決戦」で述べたが、戸沢白雲斎の

下で修行したお香は兄弟子に当たる猿飛佐助の瞬間移動の技

を見たことがあった。

 猿飛も、お香がまばたきした瞬間に数メートル先に移動し

たが全く同じ姿で何もなかったかのようにそれまでと同じ動

作をするこの老僧の技に、猿飛以上の凄さをお香は感じてい

た。

 さらに老僧の側を通ったとき、お香は、

「京都五山拳法派の名のある方とお見受けします。若輩なが

ら武林の先輩に敬意を表させてください」

 といって、右手でこぶしを作り、それを己の胸の前で左手

の手の平に当て黙礼した。

 今度は老僧は瞬間移動はせず、軽やかに笑いながら箒を地

に置き、両の手の平を胸の前で合わせ、合掌の形でお香の挨

拶に答えた。

「何故、移動の技を」

 お香が怪訝そうに聞いた。

「可愛いお嬢さんだが、顔に似ず、全身から殺気がただよっ

ていたので、逃げたまでだ。君子危うきに近寄らずというだ

ろう」

「殺気が。いえ私はただ、京都五山拳法派の統帥でいらっし

ゃいます牧羊和尚様から一手ご教授願えればという思いで、

参っただけですが」

「それは嘘だろ。手合わせした瞬間に娘さんから鬼に変わっ

て、牧羊和尚を必殺技で攻めまくろうと、思うているな」

 老僧は笑いながら、お香の本音を気楽に見破った。

「分かりますか」

「おじいさんには、分かっちゃうんだよね」

「でもこのまま帰りたくはないんです。牧羊和尚様のお知り

合いのかたなら、取り次いでいただけませんか」

「いいよ」

「えっ」

 あまりに簡単に了解したので、お香も肩透かしを食ったよ

うな気になった。

「では」

 お香が本堂に向かい歩きかけると、

「待ちなさいお嬢さん。そなたの腕も分からずに、取次ぎは

出来ないだろ」

 と言い、お香の横に立ち、振り向いたお香と正対した。

 両者の間はわずかに五〇センチ。

 老僧はその間の地面に箒の柄で線を引くと、傍らに箒を置

いた。

「攻撃を受けて、わしの体が少しでも後退したり、一歩でも

この線を越え足がそなたの方に行ってしまったら、わしの負

けとしよう。当然、牧羊和尚に取り次ぐ。ただしわしを動か

せなかったら、お嬢さん、あきらめて帰ってね」

 お香はその条件を聞き、薄ら笑いを浮かべて言った。

「望むところ。分かりました」

 老僧は直立不動となり、両手の平を胸の前で合わせ合掌の

形をとり、眼をつぶると、

「南無釈迦 牟尼仏 (なむしゃか むにぶつ)」

とお経を唱え始めた。

 お香は正対した老僧に、体の力を抜いて自然体で向かうが、

眼からは不気味な光を放ち始めている。

(ヒューッ)

 お香と老僧の間のわずかなすき間を、一陣の風が吹き抜け

ていった。



 以下百六十に続く


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