第三部江湖闘魂完結編百五十六「秀吉と蜂須賀小六」
第三部江湖闘魂完結編百五十六「秀吉と蜂須賀小六」
金ヶ崎で助けてやった奴に雑賀は最終的に解体された
のは世の中の面白さかもしれないと、次第に西に傾いて
いく太陽を見ながら孫市は語った。
「金ヶ崎で秀吉を殺しとけばよかったのに」
「エッ、其の時は分からんだろ。秀吉はすばらしい人間
だった」
「サルでしょ」
「サルってあだ名があったが、チョロチョロ動き回る意
味でサルと言われていたわけではないんだ。背はわしよ
り少し高かったな。がっしりして力も強かったが、とに
かく動作が異常に速くて、四、五メートル先にいたと思っ
たらもう隣に来ているといった感じだ。その敏捷さは、
今考えたら弟の孫六や根来寺の方々と遜色はなかったと
思うよ」
「単なるサルじゃないんだ」
「喧嘩もしたら強かっただろうが、百姓出身の身分を意
識して人に侮られぬように、極力でしゃばらず、謙虚に
ふるまい、礼儀正しかった」
「明るくてひょうきんって聞いたけど」
「確かに明るい人だったよ。失敗しても前向きに考えた
人だった。八十五年の紀州攻めで秀吉に大敗し逃げるわ
しと孫六の紀州脱出の手助けをしてくれたのは秀吉の重
臣蜂須賀小六だった。大和に入ったとき、あとは御自由
にと別れたが其の時、秀吉の手紙をわたされた。
(金ヶ崎の恩は忘れん。雑賀をつぶすのは政治上軍事上
のことにて、雑賀孫市を殺すにあらず)
と短くあった」
「秀吉って、気配り」
「うん、すごく気配りの人なんだろうね。それと蜂須賀
小六も人物だったよ。男の中の男って言う奴だ。秀吉が
何かつまらんこと考えたら「バカ止めろ」で話を終わら
せることができた唯一の人間」
「でも阿波二十万石でしょ。少なすぎない。秀吉の無名
時代からを支えてきた人にしては」
「いや、小六は次の八六年に死ぬから、もしそのまま生
きていればもっと加増があったはずだ。秀吉がそれまで
と全く違う、陰険で疑り深く、残虐でこらえ性なく人を
殺しだしたのは、小六の死後だ」
「秀吉にとって心の支え、兄貴って感じ」
「うん、それだ、兄貴だ。小六の病が悪化して死ぬ朝に、
秀吉は小六を訪ねている」
「お別れを言いにいったんだ。「戦国猿回し」に」
孫市はフフッと含み笑いをして話を続けた。
「「戦国猿回し」か。小六はいつも、俺は秀吉というサ
ルを使う「戦国猿回し」だと公言していたからな。秀吉
は単に別れを言いに行ったのではないぞ。病床の小六の
ために、サルの格好をして踊って見せたのだ」
「小六に人生最期の思い出をつくってやったわけ」
「秀吉は万感の思いを込めて踊り、小六はそれに感謝し
ながら、わしという猿回しのひもがなくなったらお前は
どこに行くのだろう、とつぶやいて笑い顔で死んだそう
な」
「秀吉っていい人」
「人間は皆、善と悪をもっている。同じ秀吉が小六の片
腕でやはり無名時代からの秀吉を支えてきた前野長康を
後年、いわれなき罪で切腹させるのだからな」
孫市は昔を懐かしんで涙がにじんだのか、それとも汗
をふくためか、手ぬぐいを出して顔をぬぐった。
その手ぬぐいの絵柄は烏が飛び立っているもので、黒
く染め抜いているがその絵の烏は足が三本であった。
以下百五十七に続く
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