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琵琶湖伝  作者: touyou
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第三部江湖闘魂完結編百五十四「十三夜の決闘」

第三部江湖闘魂完結編百五十四「十三夜の決闘」


 前方の人影の中央に鎖鎌を右手に持った喜市包厳がいた。

 成幹の背後には霧隠才蔵を含む四名が、そして成幹の両

側には三名ずつの伊賀者が。

 すでに成幹の周囲は伊賀者に封じられているのだ。

「ケダモノは匂いでわかるか。お前の嗅覚もケダモノ並だ

な」

 喜市は薄ら笑いを浮かべながらそう言うと、すでに背後

から二人の伊賀者が成幹にむかって跳躍していた。

 背後から振り下ろされた二つの刀は空を切った。

 成幹は眼にも止まらぬ速技で飛躍するや、雲から現れで

ようとする十三夜の月に向かったかのように上空にその姿

を留め、いったん空中に止まったかと思われた刹那、垂直

に右手に持った剣をまっすぐ伸ばし、凄まじい速さで喜市

に向かい頭から落下していく。

 霧隠才蔵が、飛び上がって成幹の迎撃に向かった。

 垂直に落ちていく成幹に空中で斜めから斬りかかったが、

才蔵の剣は、成幹の落下の速さに間に合わず、むなしく虚

空を切り裂いていく。

 真下にいる喜市は、鎖鎌の鎖を成幹に向かい投じた。

 見事に成幹の剣にその鎖は絡みついた。

 喜市は後方に飛びながら鎖を引き、落下する成幹のバラ

ンスを崩そうとする。

 成幹の体は一瞬ねじれたかのようになり、そのまま地面

に激突するかに見えた。

 地面にあたる寸前、成幹は直角に曲がり、地面と水平に

なりながら喜市の方角に飛んでいった。

 喜市が弾丸のようにまっすぐ飛んでくる成幹に向かい鎖

鎌を振り下ろした時、すでに喜市の胸板は成幹の剣に貫か

れていた。

 成幹はそのまま喜市を飛び越えながら剣を引き抜き、一

回転しながら降り立つと、傍らにいた伊賀者二人の首と手

首の動脈を切断した。

 空中から降りた才蔵が喜市の許に駆け寄るがすでに喜市

は絶命している。

 ほんの数秒の成幹の剣技は、喜市と二人の伊賀者の命を

この地上から消し去ったのである。

「ホホホッ、口ほどにもない者どもよ。独鈷比叡剣のすご

さをお眼にかけようと言う間もないうちに、死ぬとはな」

 成幹は血糊のついた剣を一振りしながら嘲笑した。

「外壁円縛陣 (えんばくじん)だ」

 才蔵がつぶやくように言った。

 頭を失った伊賀者たちは別にひるむ様子もなく、無言で

半円形に成幹の周りを囲みだした。

 内部への侵入者を防ぐ「内壁円縛陣」に対し、「外壁円

縛陣」は敵の外部への逃走を防ぎ死を与える服部一門の必

殺陣形である。

 雲が消え去りすばらしい十三夜の月を背にした成幹は、

「愚かなことを。相手の腕がまだ分からぬとみえる」

 と寂しげな微笑をした。

 伊賀者が半円の距離を縮めようとしたとき、成幹は剣を

突き出しゆっくりと回し始めた。

 伊賀者の眼はすべてその剣の回転に集中した。

 其の時、成幹と伊賀者の間の数箇所から白煙が立った。

成幹の動きに集中していた伊賀者たちは虚をつかれ、一瞬

動きが止まった。

 風は伊賀者たちに向かって吹いている。

 白煙も伊賀者に向かって行った。

「ウグッ」

「ギョボッ」

 成幹の右側面にいた二人の伊賀者が、うめき声を低く上

げながらその場に倒れた。

 その倒れた二人の傍らで伊賀者の血がしたたる刀を右手

に無造作にもつ男がいた。

 長身で筋肉質だが、顔が異常に青白く陰鬱な感じを人に

与える。

 右頬にかなり目立つ傷跡がある。

 そうその男は、宮内平蔵であった。

「これはしびれ薬がはいった煙だ。逃げろ」

 青葉屋の襲撃で味わった者がいたのか、その煙の匂いに

的確に反応し、皆に呼びかけた伊賀者がいた。

「ヒヒヒヒ、もう遅いわ」

 土塀の上に座り、うれしそうな笑い声を上げたのは高西

暗報である。

 逃げたかに見えた従者こそ、近江坂本の日吉大社から戻っ

てきた暗報と宮内の変装であった。

 成幹以外に伊賀者の神経が向かわなくなった時を狙うべく、

逃げたふりをして機をうかがっていたのだ。

「暗報、お前は死んでいなかったのか」

 霧隠才蔵は気合の絶叫を暗報に飛ばす。

 唐崎に向かう夜道で暗報は心臓を停止したはずなのだ。

「おう若者よ、いたのか。何事も止めを刺すのを忘れてはな

らんぞ。それより早く逃げろ。意識がなくなるぞ」

 暗報は心配の声をかける。

「敵に情けを受けるか」

 暗報に向かいかける才蔵を、二人の伊賀者が押さえつけ後

方に下がらせて行く。

 しかし、白煙から逃げ遅れ意識を失ったさらに三名の伊賀

者が、暗報により刺殺された。

 其の時すでに成幹の姿は消えていた。

 生き残った伊賀者七名が、態勢を立て直しこの場に戻った

とき、当然ながら暗報と宮内も何処かに立ち去っていた。

 後に残るは十三夜の月に煌々と照らされた中で倒れ伏して

いる、喜市包厳ら伊賀者の死体だけである。

 才蔵は月を眺めやった。

 この数日で数え切れぬ伊賀者が、暗報と宮内により殺され

た。

 そして自分は草津と唐崎で全く動けない暗報を二度も見逃

したのだ。

 今日も、もし自分の空中速度が烏丸より一秒でも速ければ、

烏丸が死に、喜市様は死ななかったのだ。

 十三夜の月に死んでいった者たちの顔が、浮かんでは消え

てゆく。

 伊賀者髄一の業師と誰もが一目置く、霧隠才蔵にして自分

より凄い人間たちがいることを認めるしかなかった。

 多くの仲間を失った喪失感と自分への無力感が才蔵の両肩

をわなわなと震わせていた。

 他の伊賀者も才蔵にかける言葉を見つけ出せず、才蔵の悲

しみを呆然として見るしかなかったのでる。



 一六〇二年十一月十三日、徳川と反徳川の激闘が果てしな

く行われたこの日の午後三時。

 物語の主人公の一人である岡本お香は、雑賀孫市に会うべ

く京都長岡の高明寺の門前に立っていた。


 以下百五十五に続く

 ヨコ書き。この下のネット投票のクリックして一票入れてください。

 情けをかけておくんなさい。


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