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琵琶湖伝  作者: touyou
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第三部江湖闘魂完結編百五十三「暗器師の舞台」

 第三部江湖闘魂完結編百五十三「暗器師の舞台」


 板倉の禁足命令に対し、

「帝も麿の命を心配してのお許しなら、なんで麿が板倉

の命令に逆らえようか。あな恐ろしや武家の考えは、恐

ろしゅうて、いわれずとも屋敷の外には当分出ぬは。は

よぅ帰りなされ」

 と己の悪行のことなど知らぬ顔で、武家の悪口を平気

でいう。

 板倉も役目が終わったので、こんなところに二度と来

るかといった感じで気楽に立ち上がり、九条に礼もせず

部屋を出る。

 光豊も無念の思いを心に隠して、切り口上で退出した。

 その直前、

「麿の禁足はいつまで」

 と板倉に呼びかけた。

 振り向きもせず、板倉は十一月の晦日とお思いなされ

といい、すたすたと屋敷の玄関に行き、外へと出た。

 全員が馬に乗ったとき、板倉は小声で傍らの光豊に、

「殺さずとも関白は絶対やめさますぞ」

 といい、さらに喜市に声をかける。

「喜市、わしにはこいつは絶対殺すべきだと思う人間が

いてな」

「武家伝奏職にして暗器師、烏丸中将成幹様でござるな」

「そうだ。今夜、偽文で奴を勧修寺邸に誘う。あやつも

武家伝奏職の一人だ。勧修寺晴豊様の名のある文なら来

ぬわけには行かぬ。烏丸邸監視の伊賀者、勧修寺邸の藤

木陣内以下の伊賀者、今ここの伊賀者集めれば十五名に

なろう。今夜を暗器師の命日としようではないか」

「御意」

 喜市の眼が光っていた。

 藤堂高虎と梶川小兵衛はここで別れ、藤堂邸に戻り腕

に覚えのあるものを二十名ほど選び、金地院崇伝警護の

ために南禅寺に向かった。

 井原正英と市来良之介もそれに付き従った。

 もともとの孫六の指示は金地院の警備であったのだか

ら、二人の行動は当然といえた。

 板倉らが勧修寺邸に戻ったとき、召集された烏丸邸監

視の伊賀者の一人霧隠才蔵がすでに来ていた。

「才蔵、さすがに速いな」

 喜市が声をかけた。

「速くくれば悲しいことも速く知ってしまうもので」

 才蔵は辛そうに言った。

 そして喜市に耳打ちした。

 そのままへなへなと喜市はその場に座り込んだ。

 馬から下りて屋敷に入りかけた板倉は、その様子に気

づき声をかける。

 聞き取れぬほどの小さな声で喜市は言った。

「藤木陣内が自害いたしました」

「はやまったことを」

 板倉も一瞬よろめいた。

 藤木陣内は、板倉達が禁裏にむかうのを見送った後、

勧修寺晴豊警護の失敗の責をとり、自決したのである。

 板倉は大地をしっかりふみしめ、仁王立ちになると、

どこを見るともなく、

「藤木陣内の死を無駄にしてはならぬ」

 と大音声を発していた。


 時刻は午後八時。

 月は雲間に見え隠れする望月近き十三夜の月。

 馬の前を歩くわずか二人の従者とともに現れては消え

る月の姿を求めながら、馬上から、

「しるべせよ跡なきかたの白波の

行方も知らぬ八重の潮風」

 と愛唱の新古今の一首を朗々と詠む公家がいた。

 勧修寺邸への道を悠然と進むは、暗器師烏丸中将成幹

である。

「父晴豊危篤につき、今後の武家伝奏職の仕事について

至急相談いたしたし」

 勧修寺光豊名義の書状が成幹の許にきたのは、午後七

時半。

 烏丸邸の者たちは、明らかな罠に乗る必要はなし、無

視すべしと成幹に直言するが成幹は、

「生きることは、能舞台の上で、一夜限りの与えられた

役を演じているようなものだ。矢の如き時の流れの中で

踊ることしか出来ないのだ。踊るたびに熱き思いも消え

てゆくが、己の熱さが誠なら消えてゆく思いは誰かの心

に滲みこんでゆく。今このときにじたばたすまい。いさ

ぎよく死地におもむき死ぬのが暗器師の最期にふさわし

かろう。誰もついてくるな」

 とひとり馬に乗り外に出たのだが、二人の者が従者と

してあとから付いてきたのである。

 勧修寺邸まであと数分、両側に公家の屋敷が立ち並ぶ

幅の広い道の中央で成幹は馬を止めた。

 そして従者たちをその場から去らせた。

 成幹は馬上より周囲を見渡し、細長い独特の剣を抜き、

一呼吸置いていつものかん高い声で言った。

「出ておじゃれ。伊賀者であろう」

 何の反応もなく、遠くで犬の遠吠えがしているだけで

ある。

 静寂。

 成幹は挑発した。

「いくら隠れても、ケダモノは匂いで分かりまするぞ」

 成幹がそう言った瞬間、月が雲に隠れ闇が深まった。

 同時に成幹の前方に五名の人影が浮かんだのである。


 以下百五十四に続く

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 情けをかけておくんなさい。


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