琵琶湖伝第三部江湖闘魂完結編百五十「勧修寺の頼み」
琵琶湖伝第三部江湖闘魂完結編百五十「勧修寺の頼み」
晴豊は突き飛ばされたかのように前方に転んでゆく。
とどめの一撃を加えるべく晴豊の肩を切り裂いた刺客
が、転がる晴豊を追い、晴豊の首を断ち切ろうと刀を振
りかざしたとき、その刺客の魂は黄泉の国に旅立ってい
た。
山内記念が、もはや間に合わずと十メートルほど後方
から投じた右手の十手は、小型ミサイルが如く凄まじい
速さで直進し、晴豊の息の根を止めようとする刺客の左
側頭部を正確に貫き右側頭部からその十手の半分ほどが
突き出て、そこで止まったのである。
刺客はそのまま地面に座り込む形で絶命した。
絶命した刺客は烏丸中将家に仕える暗殺集団植山衆の
頭領、植山仁斎であった。
他の刺客は暗殺隊の一番手を制した同心たちや後方か
ら駆けつけた記念たちの加勢ですぐに制圧された。
最後の四人の刺客は、捕縛を潔しとせず、全員が舌を
噛み切る。
記念が一番早く、晴豊のもとに駆け寄った。
「傷は浅いですぞ。お気を確かに」
励ましの声をかける。
晴豊は息も絶え絶えの中で、
「板倉殿にこういうのだ。九条だけに麿は、下賀茂に紅
葉狩りに行くと言った。これほどの襲撃の準備ができる
時間的余裕のある者は九条様をおいて他に無し。また刺
客どもの攻め方は土蜘蛛の陣。九条家の支配下にある烏
丸中将家の手の者の疑い濃厚。勧修寺晴豊暗殺の疑いで、
至急、九条兼孝の身柄を確保し、禁足(一定の場所から自
由に外出することを禁ずること)命令を出すべし。そして
息子の光豊には急ぎ参内し麿の惨禍を奏上するように」
と記念に頼んだのだ。
「お分かり申した」
倒れ伏している晴豊の言葉をしゃがんで必死で聞いて
いる記念の頭上から声がかかった。
記念が顔を上げるとすでに藤木陣内ほか生き残った伊
賀者が馬に乗り、記念の分の馬まで持ってきていた。
「山内殿だったな。勧修寺様のお言葉を急ぎ板倉様にお
伝えくだされ。我らは勧修寺様をお屋敷にお連れ申す」
そういうと、伊賀者数名が馬から降り、晴豊を藤木の
馬の首の付け根あたりに担ぎ上げた。
「勧修寺様しばらくがんばってくだされ」
藤木は言うより早く馬を駆け出させた。
駆けながら背後の記念に、
「光豊様には、わしから言いますぞ」
と大声でわめいた。
他の伊賀者も騎乗し直し藤木の後を追った。
「私は所司代に報告に参ります。皆さんは勧修寺様のお
屋敷に向かい警護をお願いします」
記念はいつものように丁寧な言葉使いで、今後のこと
を同僚に頼み、馬に乗ると急ぎ所司代に戻った。
記念からの報告を受けた板倉勝重は、へなへなと座り
こみ、眼もうつろになったが、すぐに気を取り直し、立
ち上がると与力の佐島を呼び、
「手勢を率いて勧修寺邸の警護に急ぎ行くべし」
と指示しさらに与力の沢田に、
「九条邸を取り囲んで、蟻のはいでる隙間も無いように
せよ」
というや記念に対し、
「今から宮中に参内し、帝に九条兼孝に重大疑義あり、
禁足に処したいがお許しあれと申し出に行く。山内、警
護役として同道せい」
と命じた。
記念は、九条兼孝の所在を確認せずに屋敷を取り囲む
のは如何かと、遠慮がちに板倉に言うと、板倉は「彼奴
(きゃつ)の動きは把握している。屋敷におるわ」と苦々
しげに言葉を吐き捨てた。
以下百五十一に続く
ヨコ書き。この下のネット投票のクリックして一票入れてください。
情けをかけておくんなさい。