第三部江湖闘魂完結編百三十五「空中決戦」
猿飛は、山伏の殺気を自分の気で受け止めるや相手の
気までも自分のエネルギーに変え、力強く地面を蹴った。
立った位置のまま、垂直に十メートルほど上がり、山
伏に向かって急降下した。
その場での「信濃忍法さるとび」だけに、反作用の勢
いには欠けるが、それでも十メートルの高さからの攻撃
である。
一瞬のうちに八本の手裏剣が、山伏に降り注ぐ。
其の時、なんと山伏も地面を蹴り、宙に舞い上がった
のだ。
山伏は、上昇しながら金剛杖で手裏剣を払い落として
いく。
当然、猿飛佐助は下降している。
両者がほぼ同じ高さで、すれ違おうとした瞬間――。
山伏は、金剛杖を突き出した。
猿飛は、相手の動きに驚いていた。
今まで自分と同じような跳躍力の人間に会ったことが
なかったのだ。
真っ直ぐに突き出された杖から何とか身をかわし、地面
に降りたが、バランスを崩し、着地に失敗して転がる格
好になる。
そこを狙って、今度は下降してきた山伏の金剛杖が猿
飛の脳天に振り下ろされた。
常人ならばここで脳漿が飛び散ったであろうが、猿飛
は常人にあらず。
瞬間移動、テレポーテーション(テレポーテーションと
いう現象は人がある場所からある場所へ時に数千キロ、
時には数メートルと、物理的に移動不可能な距離を瞬時
に移動してしまう現象である)したのかというほどの速さ
で金剛杖を避けるや、着地した山伏に背後から切りつけ
た。
その刹那、山伏は装束だけを残し、三十メートルほど
向こうにその姿を見せていた。
山伏の装束を捨てた忍びは、黒装束で立っている。
「おぬしは伊賀者だな。今のは伊賀忍法の奥義のひとつ、
「雲霞 (うんか)」であろう」
猿飛は、己の刃 (やいば)をかわした忍者の技を評した。
評された男は、何も言わず胸の前で印を結んだ。
すると、突如大量の霧状のものが男をつつんだ。
それが晴れたとき、すでに男の姿はなかった。
わずかに鳥の声が聞こえるほどの静けさの中で、猿飛
は普通の歩き方に戻っていた。
後を附けてきた者の気配は、完全に消えている。
真夜中に京都の地を踏んだ猿飛は、そのまま菊亭の屋
敷に入った。
それからしばらくして、猿飛の動きを確認した伊賀者
が京都所司代にむかった。
猿飛と空中戦を演じ、霧をはり、その後、己の気配を
猿飛にまったく感じさせずに尾行を完遂したこの男の顔
に、筆者東洋は見覚えがある。
そう彼こそ数週間後、逢坂山で仲間の死に涙し、暗報
と宮内平蔵の居場所を山内記念とともに突き止め、暗報
を黄泉の国に遊ばせた男、霧隠才蔵であった。
一人で菊亭の跡を追った河田のみでは尾行はできまい
と考えた喜市包厳の指示で、霧隠は山伏姿に変装し河田
を追って紀州に入り、その直後、九度山を降りていく「
ただならぬ」男を発見し、尾行を開始したのた。
京都所司代の屋敷内で、霧隠は喜市に怪しき者を追っ
て、危うく殺されかけたこと、そしてその者が菊亭晴季
と関わりがありそうだという報告をした。
それを聞いた喜市は、
「真田の者で、お前と五分に戦えるのは、ただ一人だな。
そやつこそ、甲賀流信濃忍法の継承者、猿飛佐助だ」
と言いさらに付け加えた。
「殺されるくらいの敵に出会えてこそ、忍びは強くなる。
手強い相手の「気」を己の「気」で受け止めて、お前の
「気」はさらに高まっていくのだ。われら忍びは野ざら
しとなる宿命だが、せっかくなら、強い敵と技の応酬を
して、その果てに死にたいものよ」
霧隠は後年、「雲か霞 (かすみ)か霧隠才蔵」といわれ、
伊賀を代表する大忍者となった者である。
以下百三十六に続く
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