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琵琶湖伝  作者: touyou
133/208

第三部百三十一「伝説 雑賀孫市」

「孫六様、もし実在するなら「信長の遺書」は、我ら徳

川が手に入れねばなりませんな。反徳川の者が探し出せ

ば天下の大乱は必至」

 正英が顔を強張らせていう。

 孫六は十蔵を見張り役として、彦根涼単寺の天井裏に

一人入り石田三成を確認した時、三成と広瀬は「信長の

遺書」の在りかについての話し中であったことを皆に教

えた。

「では、広瀬たちは太田様の居場所を知っているので」

 十蔵が孫六にきく。

「いや、具体的には知らぬようだが、京都かこの近江の

どこかにいるといっておった」

 孫六が答える。

「この広い日本の中でなぜに京都か近江なのですか。当

てずっぽうの推測ですね」

 正英がやや安堵の表情をする。

 孫六が顔を曇らせていう。

「実はわしも太田様がこの近江か京都にいるのではない

かと考えていたのだ。太田様は僧の資格をもっている。

太田様ほどの方が秀吉様亡き後、皆目、行方知れずなど、

ありえるはずがない。となれば灯台もと暗し。京都や近

江には大小さまざまな寺が、数え切れないほどある。そ

の寺の一つに住職にでもなって潜んでいれば、これはわ

からぬであろう」

「すると、井伊のやつらは太田様の居所を」

 正英がいう。

 孫六は答える。

「わからぬ。探し当てているのかどうか。そこで手が空

いているといえば、失礼かもしれないが、充分に武道の

心得をもつお香さんなら、安心して頼めると思ったのよ。

是非、京都の長岡にある高明寺 (こうみょうじ)に行って

もらいたいのだ。井伊のものどもより先かどうかは分か

らぬが太田様を探し、「信長の遺書」を手にいれる努力

はすべきだろう。その高明寺で寺男をしている木兵衛(

もくべえ)というものに会ってもらいたいのだ」

 お香は、

「木兵衛さんに会ったらいいことあるんだ」

 と微笑む。

 孫六も微笑みをかえしながらお香にいう。

「木兵衛さんは昔からの大田様の顔なじみでな。そうだ

な、信長様の雑賀攻め(一五七七年)のときに交渉役とし

て太田様が来て以来の友人関係だから、二十数年のつき

あいかな。きっと太田様について詳しく教えてくれるは

ずだ。」

「孫六様、私には木兵衛という方が、どなたか分かりま

した。それ以上いうべきではないかと」

 元雑賀衆の十蔵がかなり厳しい口調で孫六の話を制し

た。 

 予想外の十蔵の行動に正英は驚きを覚えながら、ひら

めくものがあり、それを口にした。

「木兵衛とは、あなた様の兄にして、あの雑賀鉄砲衆の

頭領であった、雑賀孫市様では」

 この状況なら正英の推測は難解ではなかったであろう。

 織田勢との交渉をするとすれば、雑賀衆頭領の雑賀孫

市がまず頭に浮かぶはずだ。

 まさにその通りであった。

 琵琶湖伝五十で述べたが、一五八五年の秀吉の紀州攻

めで雑賀は壊滅的打撃を受ける。

 兄孫市と孫六は秀吉軍の包囲網からの決死の脱出に成

功し、紀伊を抜け、大和の国に入り、大和郡山まで逃げ

のびたのち、孫市は己の路銀の全てを孫六にわたす。

「雑賀がこのような事態に陥ったのは、指導者たる自分

の責任が大きい。今から京都の知り合いの寺を訪ね、ど

こぞの寺男として、死んだ者たちの供養をしながら生き

ようと考えている。二度と世間には出ない。お前は、雑

賀にこだわらず、好きなように生きよ」

 そういうと、孫市は京への道を歩み、孫六は、自分探

しの旅に出て千葉大多喜で本多忠勝に会う。

 本多家お耳役の責任者になった孫六は、自然と京都を

回ることが多くなり、六年前に長岡の高明寺で兄と偶然

再会したのである。

 世を捨てた兄の意思を尊重し、そのあとは何度か手紙

と生活の足しにと幾分かの金を送っただけであった。

 孫六は十蔵に落ち着けというように左手を軽く上げ、

「いいのだ。世を捨てた身とはいえ、兄も天下の平和の

ためなら、世俗の垢にまみれることを、いとわぬはずだ」

 といった。

「あの伝説の雑賀孫市に会えるんだ。しあわせ」

 お香は唇を震わせ、伝説の英雄に会いにいける幸運を

かみしめていた。

 そのとき、良之介が突然いう。

「ところで太田様は、「ぎゅういち」といわれますが、

「う(しかずともいわれますよね)」」

 良之介の言葉は、「う(しかず)」の「う」までで終わ

ることになった。

 危険を察知した正英、お香、十蔵の三人が一斉に飛び

掛かり良之介の言葉を封じたのである。

 世の中には、「もっとも簡単な言葉で誰でも言えるが、

ある者の前では絶対にいってはいけない恐ろしい言葉」

が存在するのである。

 

 以下百三十二に続く

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