第三部江湖闘魂完結編百二十七「夢見るお香」
第三部江湖闘魂完結編百二十七「夢見るお香」
「正英様、いかがされました」
良之介がその様子をいぶかしがる。
正英は、井伊家の中にあるであろう陰謀につ
いて考えているうちに、あの関ヶ原の濃霧の中
で本多忠勝がわめいていた言葉に思いがいって
いたのだ。
正英は、おもむろに口を開いた。
「松平忠吉様が井伊様とご一緒に福島隊の前に
出て、鉄砲を前面の敵、宇喜多隊に撃ちかけら
れ関ヶ原の戦いが始まるというほんの少し前に、
忠勝様と私は家康様のすぐそばにいました。あ
の濃霧を前に、忠勝様はいつものように、冗談
とも本気とも、やはりどう考えても冗談を家康
様相手に申されておりました。ただ其の時「こ
の霧の向こうには陰謀が見えまする。そうそれ
は、クローディアスがハムレットの父を殺し、
一国をうばったような。邪悪な邪悪な者たちの
謀りごとが(第一部関ケ原激闘編その一「サー
カスにはピエロが」参照)」とおっしゃられたの
です。今になって考えれば、忠勝様は関ヶ原の
ときにすでに井伊家の中に潜む反徳川の陰謀を
察せられていたのかも」
孫六や十蔵は、
(忠勝様なら、さもありなん)
といった調子で納得気に首を縦に振る。
しかし、良之介は別のことが気になっていた。
「クローディアスって誰」
皆に問う。
お香が、稲垣吾朗主演の映画「催眠」で催眠
術をかけられた菅野美穂が宇宙人のメッセージ
を伝えるといって机の上に立ったように直立不
動となり、ロボットみたいなカタコト言葉でし
ゃべりだす。
「ク・ロー・ディ・ア・ス・とは・シェイ・ク・
ス・ピア・の・戯・曲・ハ・ム・レッ・ト・の
・登場・人物(以下普通に書きます。気分は菅野
美穂)。ハムレットの叔父でハムレットの父を殺
し、デンマーク王になる男です」
お香は言い終わると満足げにすわり、「愛をく
ださい」を一番だけ歌った。
その歌を無視して、
「なるほど、クローディアスは井伊家なら旧武田
家家臣団とその頭領広瀬将房のことか」
孫六が言えば、正英も、
「その通り」
と鼻息荒く頷く。
場の雰囲気が高揚し始めたとき、十蔵は皆を落
ち着かせるように、冷静な言を吐いた。
「決めうちは恐いですぞ。木俣守勝様とて謀反人
でないという証拠はござらぬ。井伊様の最後のお
言葉を聞いたのは木俣様ですぞ」
木俣をよく知る正英と孫六が眼を丸くして十蔵
を見た。
そして桑名城で忠勝が言ったことが頭をよぎっ
ていた(琵琶湖伝六十九参照)。
「遺言を聞いたのは木俣守勝だけだ。酒に毒をい
れ、あの真面目そうな顔で「殿、一杯どうぞ」な
どといわれたら、わしでも飲んで、死ぬかもな」
正英と孫六は、何とも言えぬ底知れぬ闇の底を
見ているような気分になった。
そのときお香がまたもや立ち上がり、瞳からキ
ラキラ光線をだしながら、安室奈美恵とウーパー
ルーパーを足して二で割ったような顔をして、貧
乳の胸の前で両手を組み、
「十蔵さんの言う通り、先入観は恐いわ。英さん
も孫六様も事実のみを見るの。賢いキツネが言っ
たわ。眼で見ちゃだめ、心で見るのって」
とサン・テグジュペリの「星の王子様」の一節
を引用しながら言った。
以下百二十八に続く
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