第二部百二十五「サーカスにはピエロが」
琵琶湖伝を前半、中盤、後半と分けるなら、第一部
六十二までが前半第二部の百二十五ここまでが中盤、
そして、第二部百二十六からが後半となります。
今回の題名は第一部その一と同じです。
第二部百二十五「サーカスにはピエロが」
僕はいま両足を抱きかかえこの峠の上に座っている
この道を最初に来た君と一緒に旅にでるために
サーカスにはピエロがつきものなのさ
だっていつもいつも君が
笑っているとは限らないもの
サーカスにはピエロがつきものなのさ
だってきのうの思い出に
別れを告げるんだもの
(詞曲 西岡恭蔵「サーカスにはピエロが」)
西岡恭蔵の「サーカスにはピエロが」を誰かが歌っ
ている。
お香は次第に戻っていく意識の中で、すばらしいバ
リトンに思わず聞き惚れ、西岡恭蔵さんには「プカプ
カ」という傑作があったわ、それに矢沢永吉の初期の
名曲「トラベリング・バス」の作詞者だったとまった
く無関係なことを考えながら眼を覚ました。
歌っていたのは雑賀孫六であった。
手には一升瓶が握られている。
孫六の周りには、からの一升瓶が数本転がっていた。
「孫六さん、歌がうまいんですね」
まだボーッとした顔でお香がいう。
「それほどでもないが」
謙遜したが満更でもない顔をする。
「でも、お酒をあまり飲むとお体にさわりますよ」
孫六を気遣うと、
「うん、なぜかわからぬがさっぱり酔わん。これで六
本目だよ。もうやめようかの」
と答えた。
二度の牛化は孫六の肉体を大幅に作り変えることに
なったのである。
一言でいえば、「牛並み」になったのである。
だから、日本酒を一升瓶で何本飲んでも酔わないの
だ。
しかし「牛並み」になったことは、孫六にも他のも
のにも分かるはずがないことであった。
良之介もすでに意識は戻っていた。
あえて起きないで、寝たふりをしているのだ。
なぜか。
また、孫六がお香を襲うのではないか。
そのときは、どさくさに紛れて自分も参加しようと
いう、とんでもない下心を抱いての狸寝入りであった。
「わぁ孫六様の立派にたってる」
お香の声が聞こえる。
「そうだろ、こりゃ今日は調子がよいぞ」
孫六の声。
「すごくでっかい」
またもお香の声。
(こりゃ孫六様もやる気マンマンだし、お香さんも積
極的だ)
良之介が様子を伺おうと薄目を開けかけたとき、
「孫六様お、お許しを。お香は拙者の許嫁 (いいな
ずけ)でござる」
と正英が大声をだしながら、ガバッと起きた。
正英も意識が戻っていたのだ。
あまりの大声にキョトンとして正英を見つめるお
香と孫六。
正英の眼に飛び込んできたのは、お茶を飲んでい
る二人の姿であった。
「立派にたっている」のは、孫六の湯飲みの中の
茶ばしらであった。
「英さんどうしたの。そんな大声だして」
お香が怪訝そうにいう。
正英は自分の大勘ちがいに赤面し、
「いやちょっと夢をみてまして、そうだ、これは、
夢でござる。夢でなくてなんであろうか。徳川の世
は、今このとき盤石になり申した。これは夢だ。夢
だ夢だゆめぇでござる」
と意味不明のことをわめきだした。
お香と孫六は、正英のうろたえぶりに笑い、良之
介は、
(チェッ、茶ばしらだったのか。興奮して損した)
と相変わらずの下半身に人格のない性分で残念が
りながら、表面的には今目覚めたようなさわやかな
顔で起き上がった。
以下百二十六に続く
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