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琵琶湖伝  作者: touyou
121/208

第二部琵琶湖決戦編百十九「「雪の中の半蔵」

「二月の寒い日だった。小雪が舞いだしてきて。邦長は地面

に頭を垂れ、許してくれと繰り返し、わしは早まるでない、

お前のことは命に代えてわしが守るといったら、私も十五歳、

男なら元服の年。武術の技をさらに磨くために武者修行の旅

にでるだけ。父上が昔、修行し今も交流のある信州の戸沢白

雲斎様の元に参ります。ご心配なくと小船の櫓をこぎ始めな

がら言ったよ。力づくで戻しても良かったのだが、お香自身

が己の定めを受け止めた上での船出なら、その船のへさきを

いずこに向けるかはお香の勝手。わしに船のへさきを変えさ

せる権利はない。いってこいと笑って、手を振った。雪の中

にお香の船は消えていったよ」

「伊賀はどう動いたのですか」

「それが、そのあと伊賀からは何の音沙汰もない。だから戸

沢様のところに食料や厄介賃として些少の金も持って行くた

びに、お香に堅田に戻らぬかと勧めたが、そのたびに、絶対

に戻るのでそれまで自分のわがままを許してくださいと申し

て、戸沢様が亡くなられたあとは、所在不明だ。たまに手紙

が来て、おぬしの名もよく出てきて、調べさせてもらったら、

なかなかの男だ。お香にもおぬしにも会いたかったぞ」

「私への心遣いありがとうございます。しかし伊賀はなぜに」

「分からぬがそのままもう七年だ。考える必要もないことは

考えぬことにしているのでな」

「そうですね。しかし服部半蔵様も罪なことを」

 正英が半蔵への繰り言をいったとき、

「父さん、英さん。こんなところで何してるの。もう船がで

るわよ」

 と迎えにきたお香の声がする。

 すでに朝日が昇りかけている。


 お香が信州に去ったその日の夜、堅田ではまだ雪が降って

いた。

 破れ合羽を着た四十がらみの男が、岡本邦源の家の黒塀ま

で来ると、急に姿を消した。

 黒塀を飛び越え音も立てずに庭の前の石畳に降りた男は、

「許してもらえるはずがない。来るべきではなかったか」

 とつぶやいた。

 雪明りの中、木戸を開けると桟に積もっていた雪が落ちる。

 男は、その雪にたじろいだ。

 庭に入ると、灯が映る向こうの窓の障子に人の影を見える。

 男はその影に深々と礼をした。

「情けをかけていただいたご恩を忘れ、調子にのり、思い上

がったことを家臣に言わせてしまいました。どうぞお許しく

ださい。馬鹿なやつは最後まで馬鹿をするのです」

 男はそういうと、またもときた道を帰っていった。

 男は服部半蔵である。

 喜市包厳から報告を受けたあとで自分の愚かさに気づいた

のである。

 堅田にいっても話を混乱させるだけで、お香に自分の姿を

見せる必要はないと分かっていながら、堅田まで一人来たの

だ。

 あやまるべきであるが、なにもなかったことにすべきかも

知れない。

 木戸から落ちた雪が、一瞬の間を与え、半蔵の精神を正常

なる方向に向かわせていった。

 服部半蔵はすでにお香が岡本家を去っていることを知らな

い。

 そして服部半蔵が雪の中を堅田まで来たことも、岡本邦源

の家の庭で頭を下げたことも、誰も知らない。

 しかしそれ以降、お香が実の娘であることを、半蔵が口に

出すことは二度となかったのである。

 以下百二十に続く

 ヨコ書きこの下のネット投票のクリックして一票入れてください。これを書いた努力賃です、情けをかけておくんなさい。

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