第1部関ケ原激闘編12「本多忠勝 奔(はし)る」
「殿、井伊が本気で島津を攻撃しましたな。殿の助太
刀に参るが、よほどに応えたか。ウソとも知らずに」
疾駆する馬の上から本多家家老、梶金平 (かじきん
ぺい)が忠勝に言う。
「ハハ、あの点取り虫の直政め、引っかかりおったわ。
馬鹿め」
そういいながらも馬上に長槍をふるい、攻めかかる
敵の騎馬武者二名を、たたき落とし、突き落とす。
「殿、孫六様が、井伊から帰ってきたあと、
モーモー言い続けていますが」
井原正英が忠勝に呼びかける。
孫六は両手を前に出し、手綱を持たず、脚のみで牛
の姿勢のまま馬を駆けさせている。
「井伊に毒でも飲まされたか」
忠勝は正面を見たままそういい、左側面の孫六にむ
かい、左手一本で槍を振り上げ、振り下ろした。
「グッシャ」
忠勝の槍の柄が孫六の後頭部を直撃し、鈍い音がし
た。
ガクリと孫六は馬の首に頭をもたれ動かなくなる。
周囲のものは頭蓋骨が砕かれたかと孫六を危ぶむ。
若干、間をおいて、孫六は
「アーッ、気持ちいい」
といいながら、背を起こし手綱をガッシリと握った。
忠勝の強烈な一撃は、孫六の脳内に衝撃を与え、地
震波にも似た振動が脳内を駆け、最終的に視床下部に
達した時、そこに巣食ったあの牛の瞳を破砕したので
ある。
四十年間の牛殺しの贖罪意識から解放された瞬間で
もあった。
その解放感が「気持ちいい」といわせしめたのだ。
牛から人間に戻ったのだ。
当然だがその孫六の変化に気をとめる余裕は本多軍
団にはない。
石田三成の本陣はすぐそこなのだ。
朝からの東軍諸将の攻撃に対し、旺盛な戦闘意欲で
なんとか持ちこたえてきた石田勢に、島津の側面攻撃
を心配する必要もなく、ひたすら突撃する、新手の本
多勢を防ぐ力は、もうなかった。
そしてそれは、石田勢全体の崩壊に つながり、石
田の兵たちを全線で敗走させることになる。
「殿、あれが石田の本陣じゃ」
梶金平が大声を出す。
「こんぺい、そうじゃ」
「わしゃ、こんぺいじゃなく、きんぺい、だ」
「主に口答えするか、こんぺい」
忠勝がしつこく言う。
「わしゃ、きんぺいじゃ。本陣、一番乗りはきんぺい
じゃ」
とわめきながら忠勝の馬の前に出る。
本多隊首領として、常に先頭を走る忠勝を抜こうと
した時、忠勝は梶金平の馬の頭をムチで叩く。
梶金平の馬がひるんだスキに忠勝が梶金平を抜き返
す。
「セコイぞ、殿は」
梶金平がさらにわめく。
「ゥワハハハッ、愚か者め。三成の首はわしのものだ」
忠勝はふりむき梶金平をあざ笑い、体勢を元にもど
した。
その忠勝の眼に映ったのは、銃口を己にむける、五
人の石田の鉄砲衆であった。
「ズドドドーン」
五発の銃弾が、忠勝に放たれた。
以下十三に続く
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