第二部琵琶湖決戦編一〇九「暗報感激する」
第二部琵琶湖決戦編一〇九「暗報感激する」
高西暗報に山内記念と霧隠才蔵が会えたのは、まさに
天運というべきものである。。
東海道を上って草津宿にゆく手前の街道に、妙な「ハ
ゲ」た素浪人が立ちつくしているという話を、旅の薬売
りから聞いたのは、瀬田の東光寺そばの小さな茶店で、
遅めの昼食をとったときであった。
そこで山内記念と霧隠才蔵は、失敗覚悟で、近くの庄
屋で野良着を借りて百姓に変装し、自分たちの衣服や刀
などを大津の近江屋に運ぶように家の者たちに頼んで、
草津にむかった。
そして眼にしたのが、なぜか身動きできず、中腰のま
まに驚いた顔で立っている、ハゲの小男で汚い着物を身
につけた浪人である。
「どうされました」
山内が、高西暗報の正面から声を掛ける。
「おぉ、心配してくれるか。どうも体がさっぱり言うこ
とを利かぬ。情けをかけてくれぬか」
山内と才蔵は、この男が「問題の」男か見当がつかな
かった。
悩んだときは中途半端に答えるしかない。
二人で声を合わせたかのように、
「はぁっ」
といった。
「おぉ、おぉ、助けてくれるか。ありがたい。大津に青
葉屋という旅籠がある。そこにつれていってくれ。頼む」
山内が、問題の男か否かに関係することを問う。
「そこで、どなたかお待ちでございますか」
「そうなのだ。そこに宮内平蔵というバカがおってな。こ
れがわしの仲間なのだ。そいつならわしのこの状態を解決
してくれるはずだ」
(バカはお前だ)
二人は思わずいいかけたが、そこは我慢し、
「お前様の名前を聞いてもよろしいでしょうか」
という。
「そうだな。名もいわずに親切をもらうのは、横着だな。
わしは、高西暗報だ。よろしくね」
暗報の言葉に対し、山内は「伊作」、才蔵は「万作」と
その場しのぎの名前で取り繕う。
すぐに才蔵が近所の家から大八車を譲り受けてくる。
そして、二人で、暗報を抱え上げ大八車に乗せた。
暗報は、涙ぐみながら、
「すまぬ、すまぬ」
と感謝の言葉を述べ、
「おぬしらも忙しいであろうに」
と気遣う。
「いやぁ、大津の米屋に帰るところでございます。ご心配
なく」
笑いながら二人は、暗報に答える。
「わしは家族に恵まれぬ者でな、人の優しさが本当に身に
しみるのよ」
暗報は、独り言のようにつぶやいている。
(今ここでこの男を殺すのは簡単だが、宮内平蔵のところま
で連れていってもらわぬとな)
山内記念と霧隠才蔵が、眼と眼で言葉を交わす近江路の夕
暮れであった。
以下一一〇に続く。