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琵琶湖伝  作者: touyou
103/208

琵琶湖決戦編百一「奥義 木の葉がえし」

 暗報は、義父を殺したその足で東命寺に戻り、翌朝、師匠で

あった久育(きゅういく)に茶をだす。

 師匠久育の死体を発見したのは、修行僧であり、苦悶の表情

を浮かべて死んでいるそのそばで、うまそうに茶をすする暗報

の姿を見た。

 暗報との実力差を知る修行僧は、賢明にも急いでその場を離

れ、

「久育様が暗報に殺された」

 と大声でわめきまわった。

 その声に応じ、何名もの僧が暗報を探す。

 そのなかの四名のものが、悠然と山を下っていく暗報を発見

する。

 暗報は、四名の追っ手が近づくのを待って、何十枚もの木の

葉を宙に投げ上げた。

「木の葉がえし」

 という東命寺派奥義のひとつで、木の葉にしびれ薬をしみこ

ませ、風上から風下の相手に放つことで、その葉に触れるか臭

うかした相手を、しびれ薬で身動きのとれない状態にする技で

ある。

 賢明なる読者は、技をかけるものも己の毒で傷つくのではと

思われるかも知れないが、毒使いの奥義を極めたものなら、よ

ほどの死に至る毒以外には耐えられるのである。

 だから風上に立てる道を暗報はわざわざ逃げていたのであり、

追っ手がくるのを期待していたのだ。

 「木の葉がえし」を受けた追っ手達は、気を失いその場に倒

れる。

 暗報は、倒れて動けない四人の頚動脈を掻き切って絶命させ、

「ヒヒヒヒヒヒッ」

 と奇妙な高笑いをして、高雄山をあとにした。

 そして「木の葉がえし」の技を最後に、暗報の姿は消えてし

まう。

 高雄山東命寺派は暗報を破門し、暗報への刺客を放つが、暗

報の行方がしれないだけに、刺客もなにもあったものではなかっ

た。

 では、暗報はどこに消えたのか。

 暗報乱心の噂を聞きつけた、暗器師烏丸中将成幹は、自身の

家臣に命じ全力を挙げて暗報を捜索した。

 この稀代の毒使いを、己が掌中にしたいというのは、暗器師

として当然の思いであった。

 運よく東命寺派のものより早く、紫野の大徳寺近くの荒れ寺

に潜んでいた暗報を発見した烏丸中将成幹は、己が邸宅にかく

まう。

 それから十八年、今は暗報は五条橋からやや下ったところの

民家をねぐらに、烏丸中将成幹の何年かに一度か二度の暗殺の

依頼を実行したり、浪人姿に編み笠で顔を隠し、烏丸中将成幹

の護衛役などをして暮らしていた。

 その暗報に正英と良之介暗殺の命令がくだったのは、草津の

街道で二人を待ち伏せする前の日のことだった。

 指令を伝えにきたのは、烏丸中将成幹の片腕、宮内平蔵 (みや

うちへいぞう)であり、そのまま二人は京をでたのであるが、

宮内平蔵のことは次に書くとして、その指令を忠実に実行し正

英と良之介を気絶させた暗報は、

「ヒヒヒヒヒヒッ」

 と十八年前に高雄を去るときと同じ笑いをし、一本だけ差し

ている刀を面倒くさそうに抜く。

 暗報は、風を計算しながらじっと、正英と良之介とおぼしき

者たちを待っていたのだ。

 二人が見えたとき、暗報は秘伝のしびれ薬の液をいれた小瓶

のふたを開け、己の体全体に、外からは見えぬように着物の裏

からふりまいたのだ。

 正英と良之介が「くさい」と感じたのは、しびれ薬の臭いで

あった。

 刀を抜いた暗報は、まず二、三歩前に仰向けに倒れている正

英の傍らに寄った。

 正英の頚動脈を断ち切ろうと、刀を首筋にあてようとした瞬

間、正英の眼があき、

「俺に毒は効かぬ」

 というや、暗報に点欠した。

 暗報は、一瞬のことに、驚いた表情のまま刀を下にし、中腰

の姿勢で固まってしまったのである。

 以下一〇二に続く

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