第二部琵琶湖決戦編一〇〇「高西暗報」
高西暗報は、四十六年前、朝廷で代々お毒見役を勤
める高西家の門前に捨てられていた過去を持つ。
良之介も捨て子だが、この時代は捨て子や間引きは
よくあることで、捨てられた場所が、良之介が寺で、
暗報が公家の門前であったという違いがあるだけだ。
捨て子の人生が、拾ってくれた人の生き方に左右さ
れるのは当然だが、その意味で高西家に拾われた暗報
の人生の出だしは好調であった。
子供のいなかった高西家の当主、正報は拾った子は
天からの授かりものとおおいに喜び、己の一字を与え
て暗報とし、いたく可愛がった。
六歳からお毒見役の修行を暗報に課していく。
それは、実際の毒を味わい、さまざまな毒を「体」
で覚えていくもので、程度の弱いものから徐々にはじ
め、最終的には猛毒を致死量の一歩手前まで味わって
いく、己の生を賭しての修行であった。
義父高西正報は、暗報の毒を味わう力に次第に感心
し、己の後継者を得た心持ちであった。
しかし、十歳のとき、暗報の人生はまさに暗転する。
養母おたきに子が生れたのだ。
実子ができれば、暗報の高西家での居場所がなくな
るのは、必然であった。
正報は、暗報の毒への才能を惜しみ、武術とともに
毒使いとしても有名な武林の名門、高雄山東命寺に入
山させ、僧としての一生を送らせることにした。
十八歳までの暗報は、武術と薬学の勉強が主であっ
た。
暗報は、その修行だけでは飽き足らず、学んだ薬学
の知識をもとに自分なりに毒や毒消しをつくったり、
高西家でやっていたように、毒を味わったりしていた。
十九歳から東命寺でも実際にさまざまな毒を味わう、
実践的な毒使いの修行が始まる。
その修行はすさまじく、東命寺史上最年少の二十五
歳で導師(東命寺では奥義をきわめ弟子を持つことが許
される僧をさす)となった暗報でさえ、導師になるまで
に三度意識不明の重体にに陥っている。
だが、導師になったころから、暗報は、己の力を試
したくなってくる。
誰でも修行をしていくと、自分のレベルを探ったり、
より向上させたくなるものだ。
ただ、困ったことに暗報の場合、己が作った毒の効
き目を試したくてたまらなくなったのだ。
暗報は、理性と良心の力でその誘惑に打ち勝とうと
した。
しかしその誘惑に負けるときがくる。
そのきっかけは、暗報二十八歳のとき、義父正報が、
東命寺を訪ねたことであった。
それは、暗報に高西家に戻ってもらえないかという
依頼であった。
なんと実子が、お毒見役の修行の最中に死んだとい
うのだ。
また義母は昨年死んで独り身だともいった。
その依頼をきいた暗報は、内心ほくそえんだ。
日本一の毒見役と勝負ができるのだ。
この機会を逃す手はないと、義父とまったく違う思
惑からその申し入れを承諾する。
山を下りて二日目に義父正報は死ぬ。
夕餉の汁物にいれた、暗報特性の「ダシ」の味を、
義父正報は味わえなかったのである。
以下百一に続く