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琵琶湖伝  作者: touyou
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第二部琵琶湖決戦編九十九「乞食浪人

 その浪人は、近江水口から大津にいたる東海道の途中、

草津宿まであと一里 (約4キロ)の田舎道の路傍に立ってい

た。

 空を見上げている。

 背は百五十センチくらいか、かなり低い。

 体重は逆にかなりありそうで、九十キロか。

 頭は丸坊主である。

 顔は大きく、またその顔の半分は額に見える。

 目の焦点が定まらず、黄色い歯が覗く。

 その歯も、前の二本が抜けている。

 恐らく無精なのか、妙に薄汚い衣服であり、衣服なのか

体臭なのか鼻をつく臭いに横を通る旅人は顔をしかめる。

 一見、気のふれた男が立っているようにも見える。

 四十五、六だろうか。

 変わり者が、

「ご浪人さん、何を見てらっしゃる」

 などと声をかけても、

「ヘヘヘッ」

 とよだれをたらしそうになりながら、奇妙に笑うだけで、

声をかけた者のほうを見るでもなく、空を見ているだけで

ある。

 時刻は午後二時。

 十一月の風が心地よい、陽光つよき日である。

 旅人ものんびり昼寝でもしているのか、浪人以外誰の姿

もない道を、二人の男が歩いてきた。

 井原正英と市来良之介である。

 あかつき峠を下った二人は、鈴鹿山中を越え、その日の

夜は野宿をして若干の仮眠をとり、近江堅田をめざしてい

く。

 道中、二人の間で話題になったのは、甲賀伝兵衛が発し

た、

「井原正英か」

 という正英への呼びかけであった。

 あの涼単寺で正英の顔を見たのは、石黒将監しかいない。

 その将監は、正英のことを知らなかった。

 正英と良之介は、なんせ一六〇センチと一九〇センチの

身長の違いがあり、夜とはいえ、その身長差は誰が見ても、

「怪しき者」の特徴として、記憶されよう。

 しかし、なぜ「名」まで分かったのか。

 二人は、そのことを語り合ったが、明確な答えはでなかっ

た。

「正英様、妙な格好の人間が」

「うん・・・・・・」

 正英には、三十メートルほど先にいる、空を見上げている

乞食浪人風の男の格好よりもその臭いが気になった。

「良之介は、なにか臭わないか」

「臭いますね。あの浪人、きっと、しばらく風呂に入ってな

いですよ。風上に立ちやがって。くちゃーい」

 そう言っているあいだに二人は、乞食浪人の横を通りすぎ

た。

 正英の後を行く良之介は、あまりの臭さに耐え切れず、鼻

をつまんで、

「ジロリ」

 と浪人をにらみながら通過した。

 五、六メートルいったところで、正英が苦しそうにうめき

ながら、地面に座りこみ、そのままゴロリと仰向けに寝転ん

だ。

 口から泡を噴き、白目になっている。

「正英様、いかがなされた・・・・・・」

 そう呼びかけながら、眼の前が暗くなった良之介は、その

まま失神し、正英の傍らに倒れていった。

「ヒヒヒヒヒヒッ」

 乞食浪人が、初めて首を下げ、正英と良之介の倒れた姿を

見やって、眼ヤニのついた眼を大きく見開きながら、笑い出

したのである。

 この浪人こそ、空海からの伝統を受け継ぐ武林の名門高雄

山東命寺派の俊英といわれその奥義をわずか二十五歳にして

極めながら、後に破門の憂き目にあい山を追放された、稀代の

毒使い、高西暗報 (たかにし あんぽう)の成れの果てであっ

た。

 高西暗報、このとき四十六歳。

 以下百に続く


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