「よろしいのではなくて」が口癖の公爵令嬢は、婚約者の浮気相手を静かに排除します。
ラデリーヌ・アラウド公爵令嬢の口癖は、
「よろしいのではなくて」
表情もにこやかで、大抵の事は、よろしいのではなくて で済ませる令嬢だ。
歳は17歳。銀の髪にきつめの顔立ちのそれはもう美しい令嬢だった。
同い年の婚約者であるバルト王太子殿下が、男爵令嬢と親密な関係にあると、取り巻きの令嬢達から耳にしても、
「よろしいのではなくて」
と平然と答えるその様子に、周りの令嬢達は、
「さすが、ラデリーヌ様」
「この程度の事では動じないのですね」
取り巻きの一人、クレア・マセル伯爵令嬢は、思うのだ。
寛容なのではない。ラデリーヌ様は恐ろしい人だと。
クレアは特にラデリーヌに気に入られて、傍に仕えている令嬢だ。
詳細にバルト王太子と付き合っている男爵令嬢の事を調べろと言われて、クレアは父マセル伯爵に報告し、その詳細を調べて貰い報告書を作成、ラデリーヌに提出した。
王立学園にラデリーヌもクレアも通っていたので、帰りの馬車に同乗し手渡したのである。
書類を眺めながら、ラデリーヌは、
「アリス・ハレー男爵令嬢。ハレー家は王都で絹を扱う商売をしているのね。だったら、絹の入荷を止めればいい。あの家が潰れれば、あの羽虫は学園に来なくなるわ」
「では、父に報告し、ハレー男爵家が経営しているハレー商会への絹の入荷が出来ないように手回しをしておきます」
「本当に貴方は重宝するわ」
表向きは寛容な姿を見せるラデリーヌも、裏では容赦ない恐ろしい女性だ。
アラウド公爵家の下で働くマセル伯爵家。
ラデリーヌの命令ならば、何でも聞くように父から言い使っている。
アラウド公爵家に気に入られれば、色々と便宜を図って貰えるからだ。
だから、クレアはラデリーヌの為なら何でもやる。
それが例え、犯罪まがいの事でも。それが伯爵家の令嬢として生まれた自分の定めだと思っていた。
バルト王太子が数日後、ラデリーヌに向かって、
「私と付き合いがあった男爵令嬢。学園に来なくなってしまったんだ。知らないか?」
ラデリーヌはにこやかに、
「よろしいのではなくて。そんな些細な事を気にしなくても」
「だが、付き合いがあったんだ」
「どのような付き合いが?」
「それはその……友達付き合いだ」
「よろしいのではなくて。わたくしが貴方の婚約者なのです。婚約者以外の女性が学園を辞めたからって何か問題が?」
「友達だった」
「だから?友達ってそういうものでしょう。家族ではないのですから」
バルト王太子は納得いかない顔をしていた。
そして、一週間後、再びアリス・ハレー男爵令嬢が学園に登校してきたのだ。
バルト王太子は、ラデリーヌに向かって、
「男爵家に私個人の資産から援助をしてやった。友として当然だ。君にとやかく言われる筋合いはない」
「よろしいのではなくて。王太子殿下がそのようになさりたいのなら。わたくしに止める権利はありませんわ」
アリスという令嬢は髪が桃色のフワフワの髪の可愛らしい女性だ。
クレアの目から見ても、あのように可愛らしい女性だったらバルト王太子殿下の心が惹かれるのがよくわかる。そう思える程に。
取り巻きの令嬢達はクレアに、
「ラデリーヌ様が何かしたと思ったのに、あの令嬢、戻って来たわね」
「クレア。貴方、何か知っていない?貴方、ラデリーヌ様に一番信頼されているでしょう」
「さぁ知らないわ」
知っていても口が堅くなくては、ラデリーヌ様の信頼は得られないのよ。
それにしても、あのアリスの家にバルト王太子殿下が直接支援をするだなんて、非常にまずいと思うわ……
馬車に乗るラデリーヌに呼ばれた。
共に馬車に乗る。
外は薄暗くなり始め、街のガス灯がぽつぽつと点き始めて。
ラデリーヌはクレアに向かって、
「あの令嬢、戻って来たわね。想定外だったわ」
「王太子殿下自身が男爵家に支援するとは思いもしませんでした」
「ねぇ。クレア。あの人とわたくしは政略で婚約したの。でもね、わたくし、あの人の事を愛しているわ。バルト王太子殿下の傍でこのレンド王国を治める手伝いをしたい。わたくしの子がいずれこの王国を治める姿を見たい。その為に今まで努力してきたの。王太子殿下はまさか、あのアリスという令嬢を王太子妃になんて考えていないでしょうね」
「如何しましょうか。害悪は取り除かねばなりません」
「方法は任せるわ。あの女が戻ってこられないように排除して頂戴」
「承知しました」
承知するしかない。
あの女が戻って来られないように、父に相談して、排除しなくては。
わたくしは、ラデリーヌ様が王妃になるその日まで、いえ、王妃になってからも我がマセル伯爵家の為にどんな事もすると誓った。
だから、わたくしは……
「クレア。今月、小遣いを使い過ぎてしまって。金を貸してくれないかな」
そう話しかけてきたのは、クレアの婚約者。リード・アルデ伯爵令息だ。
リードはいずれマセル伯爵家に婿に来る。
顔だけは金髪碧眼の美男で、申し分ないのだが、金遣いが荒くどうしようもない男だ。
クレアという婚約者がいながら、平然と他の女生徒と遊ぶ位に。
クレアはまたかと思ったが、
「いくら渡せばいいのかしら」
「20銀貨程。それだけあれば、今月は乗り切れる」
「20銀貨ね」
銀貨を渡せばリードはにこにこして、
「理解がある婚約者を持って私は幸せだな。有難う」
ああ、あれはどうしようもない屑ね。
父、マセル伯爵に相談した。
リードの婿入りの話には、上位貴族の紹介が絡んでいる。だから、勝手に破談にする訳にはいかないのだ。
マセル伯爵は一言、
「だったら、二人纏めて始末してしまえばいい。川に浮かべるか。心中という形にして。リードは女性関係が激しかった。アリスとの道ならぬ恋に悩んだ末、心中した。そのシナリオをでっちあげればよいだろう」
父にそう言われた。
リードは出会った頃は優しかったのだ。
「君と婚約出来てとても嬉しいよ」
そう言って微笑んでくれた。
色々な所に連れて行ってくれた。
街で二人きりでこっそりとデートをした。
色々な店を見て回って、リードは、素敵なスカーフを買ってくれたのだ。
「君に似合いそうだと思って」
「まぁ綺麗な花柄のスカーフ。嬉しいわ」
クレアは自分の部屋に戻ると引き出しから、リードから買って貰ったスカーフを取り出した。
綺麗な花柄。結局、彼が買ってくれたのは、この一枚だけ。
嬉しかったの。
初めての婚約者からのプレゼント。
父や母からは呆れられた。
貴族の娘へのプレゼントなのだから、もっと高価なアクセサリーのプレゼントが常識だと。
でも、わたくしにとってはこのスカーフがとてもとても大切で。
そんな彼を殺さなくてはならない。
アリスという娘と心中という形で。
ああ、お父様が手配してしまうわ。
リードがっ。リードがわたくしの目の前から永遠にいなくなってしまう。
父の執務室に戻るとクレアは出来るだけ冷静に父に頼んだ。
「わたくしにリードの始末は任せてくれませんか。アリスとの心中は無しの方向で。彼はわたくしの婚約者です。どうかわたくしにっ」
父は一言、
「情が湧いたか?私達に必要なのは、害のあるものは始末する。それが我がマセル伯爵家の生き方だ。始末しそこなって、害が出たらどうする」
「害が出ない方向で始末します。それならばよいでしょう」
ああ、リードが好き。
浮気者で、どうしようもない男だけれども、わたくしは好きなんだわ。
クレアの願いを父は聞いてくれた。
「害が出ない方向で。彼が二度と、我が家に関わらなければ、お前に任せる」
「有難うございます。お父様」
翌日、レンド王国のギルドに行き、受付嬢に、
「屑の美男をさらう、あの変…辺境騎士団に連絡を取りたいの」
受付嬢は困った顔をして、
「屑の美男の件ならば、連絡は不要と変…ではなかった、ヴォルフレッド騎士団から言われております」
「屑の美男はもう、募集していないのですか?」
「元々、募集をしているものではないと、騎士団長自ら、おっしゃっておりました」
ああ、彼らにさらって貰えば、命だけは助かったのに。
「どうか、お願いします。わたくしの婚約者をさらって下さいませんかっ」
「私に言われましてもっ」
その時に逞しい四人組に声をかけられた。
その中の金髪碧眼の美男が、
「俺は辺境騎士団四天王の一人アラフだ。その話、詳しく聞かせて貰おうか」
それから、数日後、アリス・ハレー男爵令嬢の死体が川に浮かんだ。
事故で足を滑らせた。
川に落ちる所を見たと言う目撃者も出て、事故として片付けられた。
そして、リードに関しては、変…辺境騎士団にさらわれて。
アラフ達が話を聞いてくれて、リードをさらってくれたのだ。
金髪碧眼の美男だからと。
リードの命が助かってクレアはほっとした。
学園の馬車置き場で、朝、ラデリーヌに呼ばれて、馬車に乗り込むクレア。
まだ、授業が始まるまで時間がある。
ラデリーヌはクレアに向かって、
「貴方にも情があったのねぇ」
「なんのことでしょう」
「アルデ伯爵令息の件よ。排除するのに、変…辺境騎士団にさらわせるだなんて」
「わたくしは存じておりません。婚約が解消されたのには安堵しておりますが」
「嘘おっしゃい。まぁよろしいのではなくて。貴方自身の関係先に関する始末の仕方まで、わたくしが意見を述べる筋合いはないから。どうでもいいわ」
「バルト王太子殿下はなんとおっしゃっておりますか」
「お前が始末したのだろうと、言っておりますの。あの男爵令嬢が死体であがったのはお前がやったのかと」
ラデリーヌは、
「馬車を降りるわ。王太子殿下がこちらに来るようだから」
ラデリーヌが馬車から降りたので、クレアも続いて降りる。
バルト王太子がラデリーヌに向かって、
「話は終わっていない。お前がアリスを殺したんだな。私に嫉妬して。なんて見苦しい。そんな女、王太子妃にふさわしくない」
「でしたら、わたくし以外に、どなたが王太子妃にふさわしいとお思いで?」
「いやそれは……」
「わたくしは貴方の事を愛しておりますわ」
「だから、アリスを殺したと言うのか」
「それならば、貴方を見捨ててもよろしかったと?」
「へ?」
「貴方の他に第二王子殿下から第五王子殿下までいらっしゃいますわね。わたくし5歳くらい年下でも、構いませんわ。第二王子殿下がわたくしより5歳年下の13歳。そろそろ婚約者を探す年頃ですわね。貴方を見捨てて、そちらを支持しても構わないとおっしゃるならば、今からでも見捨てましょうか?」
「お前は私を愛しているのだろうっ」
「でも、愛を返さないと言うのなら、いくらでも見捨てて差し上げます。わたくし、愛する殿方には愛を返されるのが当然と思っておりますので」
ラデリーヌはホホホと笑って、
「そもそも、わたくしという婚約者がいながら、不貞を犯している時点で、婚約者失格ですわね」
「不貞じゃない。ただ、私はアリスの事が好ましく思っていただけで。ただ友達付き合いをしていただけだ」
「個人の資産からハレー男爵家に支援致しましたわね」
「それはハレー男爵家が気の毒だと」
「一国の王太子殿下たるお方が?たかが男爵家が傾くのを防ぐ為に個人的に支援を行うとは。これがアリスへの愛ではないとおっしゃってもわたくし、信じませんわ」
「お前に見捨てられたら私はどうなる?」
「我がアラウド公爵家の支持が第二王子殿下に移った時点で、貴方は王太子の位を失うでしょうね。元々、後ろ盾を期待しての婚約だったのでしょうし。我が公爵家に逆らいたい貴族の家なんてこのレンド王国には存在致しませんわ」
顔を真っ蒼にしてバルト王太子は、
「反省する。どうか私を見捨てないで欲しい」
「見捨てませんわ。わたくし、貴方の事を愛しているのですもの」
「本当に?」
「ええ、貴方がわたくしを愛して下さるのが条件ですけれども」
「愛している。凄く愛している。どうか私を見捨てないで欲しい」
「勿論、わたくしも愛していますわ。バルト王太子殿下」
クレアは二人のやりとりを見て、やはりラデリーヌ様は恐ろしい方だと思ってしまった。
ラデリーヌはにこやかに、バルト王太子に手を差し出して、
「教室までエスコートをお願い致しますわ」
「喜んで」
去っていく二人を見つめながら、クレアも慌てて後を追いかけるのであった。
あれからバルト王太子は反省したのか、
ラデリーヌにべったりと、機嫌を取りながら傍にくっついている。
「よろしいのではなくて。わたくしの事を愛しているみたいですし」
嫣然と微笑むラデリーヌ。
クレアはそんなラデリーヌの傍で、今日も何か命令はないか、静かに控えているのであった。




