いつも従妹を優先する婚約者に「私を優先してくださいぃ!」と泣き縋ってみた。
三ヶ月前から予約していた、王都で評判のテラスレストラン。
婚約二周年の記念日を迎える私、プリエールは、この日のために新調したドレスに身を包み、待ち合わせ場所の広場で婚約者を待っていた。
だが、約束の時間を過ぎて現れたのは、婚約者のエリオット様ではなく、彼の家の紋章をつけた筆頭従者だった。
従者は私の前に立つと、申し訳なさに顔を伏せながら、主人の言葉を代弁した。
「プリエール様、誠に申し上げにくいのですが……。主より伝言を預かっております。本日、リリア様が急に心臓の痛みを訴えられ、取り乱しておいでです。主は『彼女を見捨てることはできない、今日の食事はキャンセルしてくれ』と」
「……また、なのですか」
「はい。主からはさらに、『プリエールなら、優しく聡明な君なら分かってくれるだろう。これで好きなものでも買って、機嫌を直しておいてくれ』と……。こちらをお渡しするようにと預かって参りました」
差し出されたのは、エリオット様の署名が入った白紙の小切手だった。
私の誕生日も、大切な観劇の夜も、エリオット様はいつも従妹であるリリア様の「寂しい」や「具合が悪い」という訴えで私を置き去りにした。
そしてその度に、こうして金銭や贈り物で私のプライドを買い叩こうとする。
「……そうですか。今日も、リリア様を優先なさったのですね」
「……申し訳ございません」
従者が短く頭を下げる。
私は、彼が差し出した白紙の小切手を指先で押し戻した。
「それはお持ち帰りになって。私は、婚約者に自分の機嫌を買い取ってもらうほど、落ちぶれてはおりませんから」
それだけを告げ、私は頭を下げ続ける従者を残して、迎えの馬車に乗り込んだ。
街の灯りが窓の外を流れていく。
二周年を祝うはずだった高揚感は、夜風よりも冷たい虚無感へと変わっていた。
屋敷に戻った私は、侍女のアンに愚痴をこぼす。
「もう嫌。なんで私があんな女に負けなきゃいけないの? 私の方がずっと、ずっと昔から彼を愛しているのに。……ねえアン、私はあと何度、あの子の薄ら笑いを見送ればいいのかしら」
アンは無表情に私の着替えを手伝いながら、淡々と言った。
「お嬢様。今の淑女スタイルでは、あの『悲劇のヒロイン専門家』には一生勝てませんよ。貴族らしく感情を押し殺した正論など、か弱い女の涙の前では無力です」
「分かってるわよ! そんなこと。でも、他にどうしろって言うの? 私にまであんな泣き真似のようなことをしろっていうの?」
アンがコルセットの紐を解く手を止め、私の瞳をじっと見つめた。
「ええ。いっそ、もう恥も外聞もかなぐり捨てて、なりふり構わず縋り付いてみたらどうですか?」
「……え?」
「プライドで彼が戻るなら苦労しません。汚く、醜く、情けなく。相手が憐憫を感じるほどに泣き喚いて、その脚にしがみつき、『あなたがいなければ死ぬ』と呪いをかけるのです。……お嬢様に、その誇り高き理性を捨てる勇気があれば、の話ですが」
沈黙が流れた。
……そうだ。
私は「聡明で物分かりの良い婚約者」という檻に自分を閉じ込め、彼をあの子に譲り続けてきた。
その結果が、白紙の小切手一枚。
このままただ咲いてるだけで、枯れていくのを待つなんて、まっぴらだ。
「……ふふ、あははは! そうね、アン。いいわ、やってやりましょう。汚く、情けなく……エリオット様に醜く縋ってあげる」
綺麗に負けるくらいなら、恥をかいてでも彼を繋ぎとめる。
私は覚悟を決めた。
・ ・ ・
それから数日後、夜会にて。
会場では、案の定の光景が待っていた。
音楽が最高潮に達し、婚約者同士のダンスが始まろうとしたその瞬間。
「……あ、ううっ……エリオットお兄様……」
リリア様が、いつものように自分の胸元を掴んでよろめきました。周囲の貴族たちが「またか」という視線を向ける。
「プリエール、すまない。リリアの具合が悪いんだ。今日の夜会はこれで失礼するよ」
エリオット様が、いつもの台詞を口にした。
その腕の中には、今にも消え入りそうな顔で胸を押さえる従妹のリリア。
これまでの私なら、ここで「お大事に」と淑女の微笑みを浮かべて、一人寂しく会場に残されたことでしょう。
でも、もう無理。限界だ。
私はプライドを捨て、作戦を実行に移した。
「嫌ですぅぅぅぅぅぅ!! 行かないでくださいぃぃぃぃ!!」
「プ、プリエールっ!?」
私は、華麗な旋回を見せるはずだったシルクのドレスを翻し、迷いなく大理石の床へダイブした。
目指すはエリオット様の足首一点。
「……は?」
エリオット様から困惑した声が漏れる。
私は構わず、彼の磨き上げられた高級な靴に、鼻水まじりの顔を擦り付けた。
「嫌です! 嫌なんですぅ! その、ちょっとマドレーヌを食べすぎてお腹が苦しいだけの従妹さんのために、私を放っていくなんて、あんまりですぅぅぅ!!」
「なっ、プリエール、何を……リリアは病弱で……」
「病弱な人は! さっきのビュッフェで肉料理を三皿平らげたりしませんっ! 嘘つきです! 構ってちゃんです! 泥棒猫ですぅぅぅ!! ギャァァァァン!!」
私の絶叫と暴露に、リリア様の顔色が(仮病の青白さではなく)本気の真っ赤に染まっていく。
彼女が何か言い出す前に、私はさらに大きな声を張り上げ、床を叩いて暴れた。
「死ぬぅ!死んぢゃいますぅ!私に構ってくれないなら、死んでしまいますぅ!!」
夜会の出席者たちが、一斉に静まり返る。
王都一の淑女と謳われた私の、髪は振り乱され、化粧は涙でドロドロのパンダ目。
まさに地獄絵図。
「プリエール様が壊れた……」「やはり、エリオット殿の不実が限界だったのだ……」という同情まじりのヒソヒソ声が、エリオットを社会的に追い詰めていく。
「プ、プリエール、ひとまず、脚を離そうか。な?」
エリオット様の声が、かつてないほど震えている。
これまでは、私がどれほど正論を説いても「君なら分かってくれる」と、冷静な態度を崩さなかった彼が、今は壊れ物に触れるような――あるいは、いつ爆発するか分からない不発弾を扱うような目で不安げに私を見ていた。
「ほら、ドレスも台無しだ。分かった、もうリリアはいい。私は君と一緒にいるから。だから、その……そんなに泣かないでくれ」
エリオット様が、引きながらも、恐る恐る私の肩に手を置く。
リリア様が「お兄様、私……」と弱々しく訴えても、今の彼は彼女を見ようともしない。
「リリア、すまないが今は自分で歩けるだろう? プリエールの様子が……その、まずいんだ。どうやら私のせいで彼女の精神が、臨界点を超えてしまったようで……」
エリオット様の目に宿る光は、愛というよりも、従妹よりも優先しないとまずい存在に対する、生存本能に根ざした警戒の色だった。
でも、これでいい。
従妹を優先しなかったから。
私を優先したから!
「……エリオット様ぁ、ぐすっ、……大好きですぅ」
「……ああ。……そうか。俺も……、いや、とりあえず立て。頼むから立ってくれ。これ以上、君の奇行を見せるわけには……。俺の胃が保たない……」
それからのエリオット様は、見違えるほど私を優先するようになった。
リリア様のお願いや泣き落としも効かなくなったとのこと。
デートのキャンセルはしないし、「顔を見たい」と小まめに会いに来るようにまでなったのだ。
エリオット様が私を優先するのは、愛ゆえか、それとも「この女を暴れさせてはいけない」という社会的防衛本能ゆえか。
……たぶん後者ですが、私はとっても幸せです。
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あと他の作品も見てくださいぃ!!!!!
『残酷なアルゴリズム。』と『地雷系ヒロインみみたん☆ミ』が、最近のオススメですぅ!!!!!
※この作品はAIちゃんとの共同執筆になります。




