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見た目が完全にアウトな魔界食材しか調理できない俺ですが、料理が美味すぎて食べた人間が全員信者になりました

作者: 桜木ひより
掲載日:2025/12/17

見た目がSAN値直葬な魔界食材しか調理できない俺、作った煮付けがあまりの冒涜的な美味さに、食べた勇者の理性を蒸発させてしまう



ここは異世界――前世で俺が住んでいた日本とは違う、剣と魔法の世界だ。

そして俺はよりにもよって、魔界食材を調理できる唯一の料理人として、この世界に召喚されていた。


いわゆる異世界転生というやつだ。最近流行ってるもんな…いや、なんでだよ。


召喚されるならもっとマシな能力があっただろ。

なんで魔界食材の調理なんだよ!?

しかも、食べた人間の理性を奪うって、これチート能力じゃなくて呪いじゃねぇか。


そう、俺の能力は、見た目があまりにも冒涜的な魔界食材しか調理できない料理人。


しかし調理後の料理は「脳が理解を拒否するほど美味い」。

ただしその代償として食べた者は理性を失い、俺を神のように崇拝し始める…というのが最近わかった俺の能力。


俺は鍋の中を見た。

百の目と千の触手を持つナマコが、醤油でとろとろに煮崩れている。

見た目だけなら地獄絵図なんだが、香りが異常に美味そうという最悪の食材だ。


「できたぞ」

俺は鍋を火から下ろしながら、テーブルで待っている勇者パーティのメンバーに声をかけた。


「待ってました! サトシさんの料理!」


ユウマが目を輝かせて立ち上がる。十八歳。

金髪碧眼で正義感に溢れた、絵に描いたような英雄タイプだ。

まだ理性があった頃を、俺は覚えている。


俺は鍋の蓋を開けた。


瞬間、

瞬間、パーティーメンバーの皆の顔が蒼白になる。

魔法使いのケントは後ずさりし、戦士のグレンは武器に手をかけた。


僧侶のリディアが冷静な声で制止する。

「皆さん、お、落ち着いてください!」


当然の反応だ。俺だって最初はそうだった。


鍋の中身は醤油で黒光りしているが、その表面には無数の目玉が浮かんでいて、触手が鍋の縁を這い上がろうとしている。

煮汁の色は深い紫で、時折気泡が弾けるたびに、現実にあってはならない音色が響く。


でも、香りは違う。


この香りだけは、どうしようもなく、人間の本能を刺激する。

甘辛い醤油の香ばしさの奥に、言葉にできない何かが潜んでいる。

脳の奥が痺れるような、記憶の彼方から呼び覚まされるような、そんな香り。



「いただきます!」

ユウマが我慢できずに箸を伸ばした。


「待て、ユウマ!」


グレンが止めようとしたが、遅かった。


勇者は触手を一本、口に運んだ。

咀嚼する音が、やけに大きく聞こえた。


五秒ほどの沈黙。


そして、ユウマの瞳孔が大きく開いた。


「あ……ああ……」


勇者の口から、呻き声とも讃美歌ともつかない音が漏れる。

涙が頬を伝い、震える手で次の一口を、また次の一口を運び続ける。


「美味い。美味い。美味い美味い美味い美味い――」


「ユウマ!やめろ!しっかりしろ!」

リディアが肩を掴むが、勇者は箸を止めない。いや、止められない。


俺は知っている。この反応を。


魔界食材を調理できる料理人は、この世界に俺しかいない。

それは才能でも何でもなく、呪いみたいなものだ。


三ヶ月前、俺は普通の料理人だった。

王都で小さな食堂を営んでいて、客からの評判もそこそこ良かった。

魔王軍との戦いが激化して食材不足になっても、工夫次第で美味しい料理は作れると信じていた。


ある日、魔界から流れてきた食材が市場に出回った。誰も調理できなかった。

見た目が異常すぎて、触ることすらできない料理人ばかりだった。


そんな中、俺だけは挑戦した。食材は食材だ、と。

そう思っていた頃の俺は本当にバカだったと思う。


「サトシ……さん……」


ユウマが俺を見上げた。

鍋を完食した勇者の目は、もう人間のそれではなかった。


「あなたは……神……いや、神を超えた存在……深淵の調理者……」


「やめろ。俺はただの料理人だ」


「違う!あなたこそが、この世界の真理に最も近い御方!

その御手が生み出す料理は、魂を昇華させる聖餐!いや、聖餐などという矮小な言葉では表現できない、絶対的な…」


「黙れ」

俺は低い声で言った。でも、もう遅い。毎回俺の料理を食ったやつはこうなる。


リディアとケントとグレンが、恐怖に怯えた目で俺たちを見ている。


「お前ら、食うか?」

残酷な質問だと自分でも思う。


「私は……」

リディアが震える声で言った。


「私は遠慮します。サトシさんの料理は、確かに美味しいんでしょうけど……」


「理性を失いたくない、ってか」


「……はい」


正直でよろしい。

ケントとグレンも首を横に振った。賢明な判断だ。


でも、それも長くは続かないだろう。


俺が最初に魔界食材を調理した時、食べたのは食堂の常連客だった。

一口食べた瞬間、彼は泣き崩れて、俺に跪いた。

「もう一度食べさせてください」と懇願し続けた。


その噂は瞬く間に広まり、王国の高官が来た。貴族が来た。

そして、勇者パーティの関係者が来た。


「この戦争を終わらせるには、魔界の食材を有効活用する必要がある」


そう言われて、俺はこのパーティに同行することになった。

料理で士気を高めろ、と。


最初に俺の料理を食べたのは、補給部隊の兵士だった。

十人ほどいた彼らは、全員が理性を失った。

戦場で戦うことを忘れ、ただ俺の料理を求めて俺の後をついて回るようになった。


俺はその変わり果てた姿に恐怖した。

でも、後戻りはできなかった。


なぜなら、魔王軍との戦いが長引けば長引くほど、通常の食材は手に入らなくなり、魔界の食材だけが増え続けるから。


そして、その食材はどうやら俺にしか調理できないから。


「サトシさん……」

ユウマが這いずるように近づいてきた。


「次は……次は何を作ってくださるのですか……」


「…明日考える」


「い、今すぐ!今すぐ次の料理を!」


勇者の目には、もう正義も使命感もない。

あるのは飢餓だけだ。料理への、俺への、絶対的な渇望。


リディアが杖を握りしめた。


「サトシさん、これ以上ユウマに食べさせないでください。このままでは彼は……」


「手遅れだ」

俺は冷たく言った。


「一度食べたら終わりだ。お前らもいずれ食べることになる。戦争が続く限り、魔界の食材以外に選択肢はない」


「そんな……」


「俺だって最初は拒否したかった。でも、これが現実だ」


その時、テントの外から声が聞こえた。


「勇者殿! 魔王軍の偵察部隊が接近しています!」

グレンが立ち上がる。


「ユウマ、行くぞ!」


でも、勇者は動かなかった。

俺の足元に座り込んだまま、ただ次の料理を待っている。


「……俺が行く」


グレンは苦渋の表情で言った。そして、テントを出ていく。

リディアとケントも黙ってついていった。


テントの中には、俺と、理性を失った勇者だけが残された。


翌日、魔王軍との小競り合いがあった。

俺たちは勝利した。というより、魔王軍の兵士たちが戦うのをやめた。


理由は単純だ。

風に乗って、俺の料理の香りが戦場に漂ったから。


 魔王軍の兵士は、元々魔界の食材に慣れ親しんでいる種族が多い。

でも、調理されたものを食べたことはなかったらしい。


 彼らは武器を捨てて、俺のテントに向かってきた。


「その香りは……!」「我らに食わせろ!」「頼む! 命に代えても!」


 グレンとリディアとケントが必死に防戦したが、相手は殺す気で来ているわけじゃない。ただこの飯を食べたいだけだ。


俺は観念して、鍋を増やした。


百の目を持つ深海魚を、千の触手を持つ鳥を、次元の狭間に生息する茸を、俺は淡々と調理した。


魔王軍の兵士たちは料理を食べた。

そして、全員が俺に跪いた。


「深淵の調理者よ……」「我らに永遠の味覚を与えし御方……」「あなたこそが真の支配者……」


勇者パーティの面々も、もう諦めたように料理を食べ始めた。

あんなに嫌がっていたリディアが泣きながら箸を動かし、ケントが恍惚の表情で目を閉じ、グレンが笑いながら鍋を抱えた。


みんなの理性が蒸発していく音が聞こえる気がした。


三日後、魔王が直々に俺のテントを訪れた。


「お前が噂の料理人か」


 魔王は八本の角を持つ巨大な人型で、全身が黒い鱗に覆われている。

その威圧感は凄まじいが、俺はもう何も感じなかった。


「食うか?」


「……食わせろ」

魔王は素直に言った。


「勇者と戦うのに疲れた。お前の料理を食えば、全てがどうでもよくなると聞いた」


「なるよ」


「それでいい」


俺は魔王のために、特別大きな触手を煮込んだ。


魔王は食べた。そして…大粒の涙をだばだばと流していた。


「これが……これが真の幸福か……」

魔王は俺の前に跪いた。勇者と同じように。


「戦争は終わりだ。もう誰も戦わなくていい」

魔王は高らかに宣言した。


「我らはただ、この御方の料理を待つ。それだけでいい」


歓声が上がった。勇者軍も魔王軍も、もう区別がない。

全員が俺の料理を求める信者になっていた。


 そして今。

 俺は巨大なテーブルを囲む、数百人の狂信者たちに料理を振る舞っている。

 勇者と魔王が隣同士で座り、同じ鍋をつついている。


「美味い」


「美味い」

 二人は笑顔でそう言った。


 リディアは幸せそうに目を閉じて料理を味わい、グレンとケントは次の皿を待ちきれずにそわそわしている。

 魔王軍の将軍たちも、王国の騎士たちも、全員が俺の料理を待っている。


 世界は平和になった。

 戦争は終わった。


 ただし…全員が理性を失う形で。


 俺は鍋をかき混ぜながら、ふと思う。

 これでよかったのだろうか、と。


 でも、答えは出ない。

 出す必要もない。


 なぜなら、俺はもう料理人ですらなく、ただの「深淵の調理者」という名の、狂気の象徴になってしまったから。


「次は何を作ってくださるのですか?」

 ユウマが期待に満ちた目で聞いてくる。魔王も同じ目をしている。


「さあな。明日、新しい食材を使う予定だ」


「楽しみです!」


「ああ、楽しみだ」

 二人は無邪気に笑った。


 俺も、笑った。

 もう、他にやることがないから。


 鍋の中で、千の触手が俺を見つめている。

 百の目が、次の料理を待っている。


 俺は火を強めて、調理を続けた。


 この世界で、俺だけが正気を保っている。

 それが一番の狂気だと、俺は知っている。


 でも、それでいい。

 誰も死なない。誰も傷つかない。


 ただ、美味しい料理を食べて、幸せそうに笑っている。

 それが、俺にできる唯一の平和の形だ。


 料理の良い香りが、テントに満ちていく。

 今夜も、狂気の晩餐が始まる。


【完】

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