見た目が完全にアウトな魔界食材しか調理できない俺ですが、料理が美味すぎて食べた人間が全員信者になりました
見た目がSAN値直葬な魔界食材しか調理できない俺、作った煮付けがあまりの冒涜的な美味さに、食べた勇者の理性を蒸発させてしまう
ここは異世界――前世で俺が住んでいた日本とは違う、剣と魔法の世界だ。
そして俺はよりにもよって、魔界食材を調理できる唯一の料理人として、この世界に召喚されていた。
いわゆる異世界転生というやつだ。最近流行ってるもんな…いや、なんでだよ。
召喚されるならもっとマシな能力があっただろ。
なんで魔界食材の調理なんだよ!?
しかも、食べた人間の理性を奪うって、これチート能力じゃなくて呪いじゃねぇか。
そう、俺の能力は、見た目があまりにも冒涜的な魔界食材しか調理できない料理人。
しかし調理後の料理は「脳が理解を拒否するほど美味い」。
ただしその代償として食べた者は理性を失い、俺を神のように崇拝し始める…というのが最近わかった俺の能力。
俺は鍋の中を見た。
百の目と千の触手を持つナマコが、醤油でとろとろに煮崩れている。
見た目だけなら地獄絵図なんだが、香りが異常に美味そうという最悪の食材だ。
「できたぞ」
俺は鍋を火から下ろしながら、テーブルで待っている勇者パーティのメンバーに声をかけた。
「待ってました! サトシさんの料理!」
ユウマが目を輝かせて立ち上がる。十八歳。
金髪碧眼で正義感に溢れた、絵に描いたような英雄タイプだ。
まだ理性があった頃を、俺は覚えている。
俺は鍋の蓋を開けた。
瞬間、
瞬間、パーティーメンバーの皆の顔が蒼白になる。
魔法使いのケントは後ずさりし、戦士のグレンは武器に手をかけた。
僧侶のリディアが冷静な声で制止する。
「皆さん、お、落ち着いてください!」
当然の反応だ。俺だって最初はそうだった。
鍋の中身は醤油で黒光りしているが、その表面には無数の目玉が浮かんでいて、触手が鍋の縁を這い上がろうとしている。
煮汁の色は深い紫で、時折気泡が弾けるたびに、現実にあってはならない音色が響く。
でも、香りは違う。
この香りだけは、どうしようもなく、人間の本能を刺激する。
甘辛い醤油の香ばしさの奥に、言葉にできない何かが潜んでいる。
脳の奥が痺れるような、記憶の彼方から呼び覚まされるような、そんな香り。
「いただきます!」
ユウマが我慢できずに箸を伸ばした。
「待て、ユウマ!」
グレンが止めようとしたが、遅かった。
勇者は触手を一本、口に運んだ。
咀嚼する音が、やけに大きく聞こえた。
五秒ほどの沈黙。
そして、ユウマの瞳孔が大きく開いた。
「あ……ああ……」
勇者の口から、呻き声とも讃美歌ともつかない音が漏れる。
涙が頬を伝い、震える手で次の一口を、また次の一口を運び続ける。
「美味い。美味い。美味い美味い美味い美味い――」
「ユウマ!やめろ!しっかりしろ!」
リディアが肩を掴むが、勇者は箸を止めない。いや、止められない。
俺は知っている。この反応を。
魔界食材を調理できる料理人は、この世界に俺しかいない。
それは才能でも何でもなく、呪いみたいなものだ。
三ヶ月前、俺は普通の料理人だった。
王都で小さな食堂を営んでいて、客からの評判もそこそこ良かった。
魔王軍との戦いが激化して食材不足になっても、工夫次第で美味しい料理は作れると信じていた。
ある日、魔界から流れてきた食材が市場に出回った。誰も調理できなかった。
見た目が異常すぎて、触ることすらできない料理人ばかりだった。
そんな中、俺だけは挑戦した。食材は食材だ、と。
そう思っていた頃の俺は本当にバカだったと思う。
「サトシ……さん……」
ユウマが俺を見上げた。
鍋を完食した勇者の目は、もう人間のそれではなかった。
「あなたは……神……いや、神を超えた存在……深淵の調理者……」
「やめろ。俺はただの料理人だ」
「違う!あなたこそが、この世界の真理に最も近い御方!
その御手が生み出す料理は、魂を昇華させる聖餐!いや、聖餐などという矮小な言葉では表現できない、絶対的な…」
「黙れ」
俺は低い声で言った。でも、もう遅い。毎回俺の料理を食ったやつはこうなる。
リディアとケントとグレンが、恐怖に怯えた目で俺たちを見ている。
「お前ら、食うか?」
残酷な質問だと自分でも思う。
「私は……」
リディアが震える声で言った。
「私は遠慮します。サトシさんの料理は、確かに美味しいんでしょうけど……」
「理性を失いたくない、ってか」
「……はい」
正直でよろしい。
ケントとグレンも首を横に振った。賢明な判断だ。
でも、それも長くは続かないだろう。
俺が最初に魔界食材を調理した時、食べたのは食堂の常連客だった。
一口食べた瞬間、彼は泣き崩れて、俺に跪いた。
「もう一度食べさせてください」と懇願し続けた。
その噂は瞬く間に広まり、王国の高官が来た。貴族が来た。
そして、勇者パーティの関係者が来た。
「この戦争を終わらせるには、魔界の食材を有効活用する必要がある」
そう言われて、俺はこのパーティに同行することになった。
料理で士気を高めろ、と。
最初に俺の料理を食べたのは、補給部隊の兵士だった。
十人ほどいた彼らは、全員が理性を失った。
戦場で戦うことを忘れ、ただ俺の料理を求めて俺の後をついて回るようになった。
俺はその変わり果てた姿に恐怖した。
でも、後戻りはできなかった。
なぜなら、魔王軍との戦いが長引けば長引くほど、通常の食材は手に入らなくなり、魔界の食材だけが増え続けるから。
そして、その食材はどうやら俺にしか調理できないから。
「サトシさん……」
ユウマが這いずるように近づいてきた。
「次は……次は何を作ってくださるのですか……」
「…明日考える」
「い、今すぐ!今すぐ次の料理を!」
勇者の目には、もう正義も使命感もない。
あるのは飢餓だけだ。料理への、俺への、絶対的な渇望。
リディアが杖を握りしめた。
「サトシさん、これ以上ユウマに食べさせないでください。このままでは彼は……」
「手遅れだ」
俺は冷たく言った。
「一度食べたら終わりだ。お前らもいずれ食べることになる。戦争が続く限り、魔界の食材以外に選択肢はない」
「そんな……」
「俺だって最初は拒否したかった。でも、これが現実だ」
その時、テントの外から声が聞こえた。
「勇者殿! 魔王軍の偵察部隊が接近しています!」
グレンが立ち上がる。
「ユウマ、行くぞ!」
でも、勇者は動かなかった。
俺の足元に座り込んだまま、ただ次の料理を待っている。
「……俺が行く」
グレンは苦渋の表情で言った。そして、テントを出ていく。
リディアとケントも黙ってついていった。
テントの中には、俺と、理性を失った勇者だけが残された。
翌日、魔王軍との小競り合いがあった。
俺たちは勝利した。というより、魔王軍の兵士たちが戦うのをやめた。
理由は単純だ。
風に乗って、俺の料理の香りが戦場に漂ったから。
魔王軍の兵士は、元々魔界の食材に慣れ親しんでいる種族が多い。
でも、調理されたものを食べたことはなかったらしい。
彼らは武器を捨てて、俺のテントに向かってきた。
「その香りは……!」「我らに食わせろ!」「頼む! 命に代えても!」
グレンとリディアとケントが必死に防戦したが、相手は殺す気で来ているわけじゃない。ただこの飯を食べたいだけだ。
俺は観念して、鍋を増やした。
百の目を持つ深海魚を、千の触手を持つ鳥を、次元の狭間に生息する茸を、俺は淡々と調理した。
魔王軍の兵士たちは料理を食べた。
そして、全員が俺に跪いた。
「深淵の調理者よ……」「我らに永遠の味覚を与えし御方……」「あなたこそが真の支配者……」
勇者パーティの面々も、もう諦めたように料理を食べ始めた。
あんなに嫌がっていたリディアが泣きながら箸を動かし、ケントが恍惚の表情で目を閉じ、グレンが笑いながら鍋を抱えた。
みんなの理性が蒸発していく音が聞こえる気がした。
三日後、魔王が直々に俺のテントを訪れた。
「お前が噂の料理人か」
魔王は八本の角を持つ巨大な人型で、全身が黒い鱗に覆われている。
その威圧感は凄まじいが、俺はもう何も感じなかった。
「食うか?」
「……食わせろ」
魔王は素直に言った。
「勇者と戦うのに疲れた。お前の料理を食えば、全てがどうでもよくなると聞いた」
「なるよ」
「それでいい」
俺は魔王のために、特別大きな触手を煮込んだ。
魔王は食べた。そして…大粒の涙をだばだばと流していた。
「これが……これが真の幸福か……」
魔王は俺の前に跪いた。勇者と同じように。
「戦争は終わりだ。もう誰も戦わなくていい」
魔王は高らかに宣言した。
「我らはただ、この御方の料理を待つ。それだけでいい」
歓声が上がった。勇者軍も魔王軍も、もう区別がない。
全員が俺の料理を求める信者になっていた。
そして今。
俺は巨大なテーブルを囲む、数百人の狂信者たちに料理を振る舞っている。
勇者と魔王が隣同士で座り、同じ鍋をつついている。
「美味い」
「美味い」
二人は笑顔でそう言った。
リディアは幸せそうに目を閉じて料理を味わい、グレンとケントは次の皿を待ちきれずにそわそわしている。
魔王軍の将軍たちも、王国の騎士たちも、全員が俺の料理を待っている。
世界は平和になった。
戦争は終わった。
ただし…全員が理性を失う形で。
俺は鍋をかき混ぜながら、ふと思う。
これでよかったのだろうか、と。
でも、答えは出ない。
出す必要もない。
なぜなら、俺はもう料理人ですらなく、ただの「深淵の調理者」という名の、狂気の象徴になってしまったから。
「次は何を作ってくださるのですか?」
ユウマが期待に満ちた目で聞いてくる。魔王も同じ目をしている。
「さあな。明日、新しい食材を使う予定だ」
「楽しみです!」
「ああ、楽しみだ」
二人は無邪気に笑った。
俺も、笑った。
もう、他にやることがないから。
鍋の中で、千の触手が俺を見つめている。
百の目が、次の料理を待っている。
俺は火を強めて、調理を続けた。
この世界で、俺だけが正気を保っている。
それが一番の狂気だと、俺は知っている。
でも、それでいい。
誰も死なない。誰も傷つかない。
ただ、美味しい料理を食べて、幸せそうに笑っている。
それが、俺にできる唯一の平和の形だ。
料理の良い香りが、テントに満ちていく。
今夜も、狂気の晩餐が始まる。
【完】




