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プロローグ:岡っ引きという稼業


「いやあ、先生。また来てくださいましたか。ささ、どうぞこちらへ」

赤坂の隠居所で僕を迎えてくれる半七老人の笑顔は、いつも春の陽だまりのように暖かい。上等の茶と季節の菓子を勧めながら、老人は今日も昔語りをする気満々のようだ。


「この間は『お文の一件』で、あっしがどうやって岡っ引きになったか、なんて話をしやしたがね。今日は少し、あっしらの身分について詳しくお話ししておきましょうかね。その方が、これからの話も分かりやすいでしょうから」

そう言って、半七老人は煙管をふかしながら、ゆっくりと語り始めた。


「先生、『捕物帳』ってえと、あっしらみたいな岡っ引きが書き残したものだと思っちゃいやせんか? 実はありゃあ、与力様や同心様が、あっしらの報告を聞いて、それをさらに町奉行所にあげると、御用部屋ってところにいる書役の役人さんが、帳面に書き留めておく。そいつを『捕物帳』って言ったんでさ」

なるほど、それは初耳だった。


「それから、あっしらのこと。世間じゃ岡っ引きだの、御用聞きだの、目明かしだの、好き勝手に呼んでくらあ。御用聞きってのは、まあ一種の敬語みてえなもんで、人がこっちを敬ってくれる時か、こっちが相手を脅す時に使う言葉でさ。本当の呼び名は『小者こもの』って言うんで。でも小者じゃあ、どうにも格好がつかねえ。だから自分らで目明かしなんて言ったりもするんですがね。まあ、通り名は岡っ引きでさあな」

興が乗ってきた半七老人は、徐々に江戸訛りが強くなってきた。

そろそろ、「神田かんだ三河町みかわちょう半七親分はんしちおやぶん」が顔をのぞかせて来る頃合いだ。


老人の話によれば、江戸の警察組織はピラミッド型になっていたらしい。与力の下に四、五人の同心が付き、その同心の下に二、三人ほどの岡っ引きが付く。そして、その岡っ引きが、さらに四、五人から、腕利きになると十人もの「手先」を私的に雇って使う。半七も、若い頃はその「手先」の一人だったのだ。


十手持ちという名前もあるが、そもそも普段は十手を持っていないことが多く、捕物の際に奉行所から貸し出されたりするものだそうだ。同心や与力から預けられていることもあったようだが、実際には十手よりも棒(杖)の方が、「よほど役に立つ」とは、面白いところだ。


「驚くなかれ、お奉行所からあっしら岡っ引きに出る給金は、一番良くて月に一分二朱。悪けりゃ一分っぽっちでさ。いくら物価が安い時代でも、これじゃあ食っていけやせん。おまけに、大勢抱えてる手先の給金は、どこからも一文も出やしねえ。だから、親分の岡っ引きが何とかして面倒を見てやるしかない。初めっから、どうにも計算の合わねえ仕組みなんでさ。だから自然と悪いことも起きるわけで、岡っ引きってえと、世間から蛇蝎の如く嫌われることにもなっちまうんで」

老人は苦笑した。

「もっとも、大抵の岡っ引きは、裏で何か商売をやってやしたよ。女房の名で銭湯を経営したり、小料理屋をやったりね」


半七自身は、岡っ引きの家に生まれたわけではなかった。日本橋の木綿問屋に勤める番頭の息子だったが、若い頃は相当な道楽者で、堅気の商売を嫌い、家を飛び出して神田の吉五郎という岡っ引きの子分になった。

「あっしも若い頃はひでえもんで、お袋をさんざん泣かせやした。今でも申し訳ねえと思ってやすよ」

そう言って目を伏せる老人の横顔に、深い悔恨の色が浮かんだ。


「その吉五郎親分の下で手先を一年ばかりやってた、十九の年の暮れでしたな。あっしが初めて手柄ってやつを立てたのは……忘れもしねえ、天保十二年の丑年、師走のことでした」

そう切り出すと、老人の目に、昔の鋭い光が戻ってきた。

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