エピローグ:お茶代
エピローグ:
「……と、まあ、こんな話もございましたんですよ」
半七老人は、二つ目の話を終えると、旨そうに煙管の煙を吐き出した。
空には、いつの間にか一番星が瞬き始めている。
「結局、十右衛門という老人の、若い娘さんへの執着心が起こした騒動でしたな。一つ目の鷲の話も、二つ目の河獺の話も、人の心が絡まなければ、ただの珍事で終わっていたかもしれやせん」
「本当に、そうですね」
僕は、老人の言葉を噛みしめながら、深く頷いた。
人の心の綾、その複雑怪奇さこそが、事件を「捕物帳」へと昇華させるのだ。
「先生、すっかりおしゃべりが過ぎてしまい、長居をさせてしまいましたな。さあ、そろそろ参りましょうか」
老人はそう言って、茶代を盆の上に置いた。僕が慌てて懐に手を入れるのを、笑いながら制する。
「いやいや、先生。年寄りに恥をかかせちゃいけやせんよ。今日はあっしが、先生のお話相手になっていただいたんでございますから」
僕たちは茶屋を出て、再び土手の上を歩き始めた。
向島の景色は、半七老人が生きた江戸の時代とは、すっかり様変わりしてしまった。遠くには、工場の汽笛が短く鳴り響いている。
「この向島では、まだ、河童や蛇の捕物の話もございますがね……。それはまた、いずれかの機会にでも申し上げましょう」
老人は、悪戯っぽく笑いながら、そう言った。




