第五章:事件のすべて
翌日、俺は小幡の屋敷を訪ね、主人の伊織に事の顛末を報告した。もちろん、半七のことは伏せて、すべて俺一人の手柄という顔をして。
『薄墨草紙』のこと、そして浄円寺の住職の話を聞くと、小幡の顔は見る見るうちに青ざめていった。
すぐにお道さんが呼び出され、夫の前に座らされた。
『新編うす墨草紙』を目の前に突きつけられ、「お前の見る幽霊の正体は、これか!」と厳しく問い詰められると、お道さんは顔色を失い、一言も返せなかった。
「聞けば、浄円寺の住職は破戒僧だという。貴様、奴に唆されて、何か不埒を働いたのではないだろうな! 正直に申せ!」
夫に責め立てられ、お道さんはついに泣きながらすべてを白状した。
話は、正月に浄円寺へ初詣に行った時に遡る。
その時、住職はお道さんの顔をじっと見つめ、深いため息をついた。
「……ああ、なんとお気の毒な……御運の悪いお方だ」
そして二月に再び参詣すると、住職はまた同じことを言い、こう続けたという。
「奥方様、あなたには悪い相が出ております。今のままご主人と共におられると、やがて命に関わるような災いが降りかかりますぞ。できることなら、一日も早く独り身におなりなさい。さもなくば、あなただけでなく、お嬢様にまで恐ろしい災難が及ぶやもしれませぬ」
「今の若いあんたたちが聞いたら、迷信だ、馬鹿らしいって一蹴するだろうがな」と、ここまで話したKのおじさんは、僕に向かって注釈を入れた。「その頃の人間、特に女なんてのは、みんな本気でこういうことを信じたもんさ」
お道さんは、その言葉を聞いてから、恐怖に囚われてしまった。自分のことはどうなってもいい。だが、可愛い娘にまで災いが及ぶことだけは、耐えられなかった。
夫のことは愛している。だが、娘はそれ以上に大切だった。
(娘を、そして自分を救うには、この家を出るしかない……)
そう思い詰めていた矢先、娘の雛祭りが来た。そして、祭りが終わった五日の日、お道さんは貸本屋から借りた『薄墨草紙』を読んでいた。傍らでは、お春ちゃんが無心にその絵を覗き込んでいる。
池から現れたお文の幽霊の絵は、よほど怖かったのだろう。お春ちゃんは「これ、なあに?」と怯えながら尋ねた。
その時、お道さんの頭に、ある考えが閃いた。
「それはね、お文という女のお化けよ。言うことを聞かない悪い子のところには、お庭の池からこんな怖いお化けが出てくるのよ」
何気なくそう言って聞かせると、お春ちゃんは真っ青になって、母親の膝にぎゅっとしがみついた。
その晩、お春ちゃんは夜中に叫んだ。
「ふみが来た!」
次の晩も、またその次の晩も。
お道さんは、娘の恐怖を利用したのだ。無心な幼子が幽霊の名を叫び続けるのを利用して、自分があたかも幽霊に悩まされているかのように見せかけた。すべては、夫と別れるための口実。娘を災いから守りたいという、母親の一心から生まれた、哀しい芝居だったのだ。
「……馬鹿な女だ」
小幡は、自分の前で泣き伏す妻を、呆れたように、しかしどこか憐れむような目で見つめていた。
こんな浅はかな企みの底にも、我が子を思う母親の深い愛情が流れていることを、俺も認めないわけにはいかなかった。俺が間に入ってとりなしたこともあり、お道さんはなんとか夫の許しを得ることができた。
「しかし、このままでは兄の松村殿にも、屋敷の者たちにも、収まりがつかんな……」
小幡に相談され、俺も一計を案じた。
結局、俺の菩提寺の僧侶に頼んで、表向きは「得体の知れないお文の魂を弔うための追善供養」を盛大に執り行うことにした。
お春ちゃんは医者にかかり、夜泣きも治まった。そして、追善供養のおかげで、お文の幽霊も二度と現れることはなくなった――と、まことしやかに噂された。
このからくりのすべてを知らない松村彦太郎は、「世の中には理屈では説明のつかない、不思議なこともあるものだ」と本気で感心し、親しい友人たちにその話をこっそりと語り聞かせた。君のおじさん――つまり、俺の話に出てきた「武士たる者……」が口癖の頑固者――も、その一人だったというわけさ。




