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第四章:一件落着

第四章:一件落着

 


 木場の町で次郎八という男の家を探し当てるのは、さほど難しいことではなかった。

 半七が戸口で声をかけると、やつれ果てた顔の若い男が出てきた。彼が、お蝶ちゃんの父親、次郎八だった。


 半七は身分を明かし、事の次第を静かに語り始めた。

 黒沼邸の屋根で見つかった女の子の亡骸のこと、そして、それが鷲の仕業である可能性が高いこと。


 話を聞き終えた次郎八は、その場にへなへなと崩れ落ち、声を上げて泣いた。

 奥からは、目を真っ赤に泣き腫らした、まだ少女の面影を残す若い女房が、這うようにして出てきた。


「そんな……。あの子が……、お蝶が……」


 半七は、夫婦が落ち着くのを待ってから、次郎八を伴い、再び浅草の黒沼邸へと向かった。


 用人の藤倉軍右衛門は、半七の報告を聞き、その奇想天外な推理に驚きの色を隠せなかったが、次郎八が娘の亡骸と対面し、それが確かにお蝶ちゃんであると確認するに及んで、ようやく全てを納得した。


「なんと……。そのようなことが……」


 軍右衛門は、天を仰いで嘆息した。

「しかし、半七殿。あなた様のお働きがなければ、この子の身元は永遠に分からず、ご両親も浮かばれぬところでした。まことに、お見事な手並み。感謝の言葉もございません」


 亡骸は、涙にくれる父親の腕に抱かれて、ようやく我が家へと帰ることができた。

 これで一件落着。黒沼邸も、ようやく不吉な騒動から解放されたのだった。


「……というわけで、この一件は、広重の絵が一枚あったおかげで、無事に解決したんでございますよ」


 向島の土手の上で、半七老人はそう言って話を締めくくった。


「絵一枚が、人の命を救うこともある。世の中、何がどう役に立つか、分からねえもんでございますな。ちなみに、その絵を描いた広重先生は、この年の秋にコロリ(コレラ)で亡くなりやした。これもまた、人の世の定めでしょう」


 老人は、遠い目をして隅田川の流れを見つめていた。

 僕たちは、しばらく歩き、一軒の掛茶屋で足を休めることにした。葉桜の梢を渡る川風が、心地よく頬を撫でる。


「昔はこのあたりに、河獺かわうそが出たそうですね」


 僕が何気なくそう言うと、老人は待っていましたとばかりに頷いた。


「へえ、出ましたとも。河獺も出れば、狐も狸も出た。向島といえば、今じゃあ粋な色恋沙汰の舞台みてえに思われてますが、夜になればそりゃあ薄気味の悪い、物の怪の出る場所でございましたよ」


「河獺、ですか。いたずらをすると聞きますが」


「まったく、厄介な奴らでさあ。人を化かすなんざ朝飯前。……そうそう、その河獺が、とんだ騒ぎを引き起こした一件もございましたな。これもまた、聞いておかれますか?」


 老人の目が、悪戯っぽく光る。僕は、喜んでその誘いに乗ることにした。

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