第四章:真相への糸口
翌朝、俺は半七と落ち合い、早速行動を開始した。
「さて、今日はまずどこから行く?」
「へえ。まずは貸本屋から始めやしょう」
音羽の田島屋へ行くと、番頭は俺の顔を知っていたから話は早かった。半七は番頭に、正月以降、小幡の屋敷にどんな本を貸したか尋ねた。番頭は記憶を辿りながら、二、三冊の読本や草双紙の名を挙げた。
「その中に、『薄墨草紙』という草双紙はなかったかい?」
半七が核心を突くように尋ねる。
「ああ、ございました。確か二月頃にお貸ししたと記憶しております」
「ちいと、見せてもらおうか」
番頭が持ってきたのは、二冊続きの草双紙だった。半七はそれを受け取ると、下の巻をぱらぱらとめくり、やがてあるページを開いて、そっと俺に見せた。
その絵を見て、俺は思わず「あっ」と声を上げた。
武家の奥方らしい女が座敷に座り、その縁側には、腰元風の若い女がしょんぼりと俯いている。その腰元は、紛れもなく幽霊だった。庭には池があり、幽霊はその池から上がってきたかのように、髪も着物もぐっしょりと濡れている。そのおどろおどろしい姿は、まさにお道さんが語った幽霊そのものだった。
「……こいつは……」
俺が草双紙を受け取って表紙を見ると、『新編うす墨草紙』と書かれていた。
「どうやら、当たりみてえですな」
半七は、例の含みのある笑みを浮かべて言った。
店を出てから、半七が説明してくれた。
「あっしもその草双紙を読んだことがありやす。昨日、旦那から幽霊の話を聞いた時、ふとそいつを思い出したんでさ」
「じゃあ、お道さんはこの草双紙を読んで、怖さのあまり夢にまで見るようになったと、そういうことか?」
「いえ、まだそれだけじゃありますめえ。まあ、これから下谷へ行けば、もっとはっきりしやすよ」
半七に導かれるまま、俺たちは下谷の浄円寺へと向かった。
浄円寺は、なかなか立派な寺だった。山吹の花が満開で、境内を黄色く染めている。
出迎えた住職は四十がらみの、色の白い、どこか胡散臭い男だった。俺たちが侍と岡っ引きだと知ると、住職の顔に緊張が走った。
打ち合わせ通り、俺はまず、小幡の屋敷で起きている怪異について話した。そして、その幽霊を退散させるために、何か加持祈祷の方法はないかと相談を持ちかけた。
住職は、黙って話を聞いていた。
「……して、それは小幡様ご夫妻からのお頼みでございますかな? それとも、あなた方のご相談で?」
住職は数珠を爪繰りながら、探るように尋ねてきた。
「どちらでもよろしい。とにかく、引き受けてくださるか、否か。お答えいただきたい」
俺と半七が鋭い視線を投げかけると、住職は明らかに動揺し、青ざめてかすかに震えた。
「……しょ、修行の浅い身ゆえ、必ずや効果があるとはお約束できませぬが……ともかくも、一心に祈祷をつかまつりましょう」
その態度だけで、俺たちにはすべてが分かった。
住職は、やけに丁寧な精進料理と酒を振る舞ってくれた。帰りがけには、紙に包んだ何か(おそらく金だろう)を半七にそっと渡そうとしたが、半七はそれを突き返してさっさと寺を出た。
「旦那、もうこれで十分でしょう。あの和尚め、すっかりビビってやしたからな」
半七は愉快そうに笑っていた。住職の動揺は、彼がこの事件に深く関わっていることの何よりの証拠だった。
「しかし、半七。まだ分からんことがある」と俺は言った。「三つの子供が、どうして『ふみが来た』なんて言ったんだ? 草双紙を読んだからって、幽霊の名前まで分かるはずがない」
「そいつは、あっしにも分かりやせん」
半七は、やはり笑っていた。
「子供が自然にそんなことを言うはずはねえ。誰かが教えたんでしょうよ。……まあ、旦那、念のために申し上げておきやすがね、あの坊主は札付きの悪でさ。これまでにも、女がらみで悪い噂が何度もあった奴なんで。だから、こっちが何も言わなくても、あっしたちが乗り込んでいくだけで、奴は脛に傷持つ身、震え上がるって寸法でござんすよ。こうして釘を刺しておけば、もう馬鹿な真似はしねえでしょう。あっしのお役は、これで仕舞いです。この先は旦那のお考え次第。小幡の殿様には、よしなにお話しくだせえ」
そう言うと半七は、「では、ご免!」と、池の端でひらりと身を翻し、人混みの中へ消えていった。




