エピローグ:女というものは
「それで、その千次郎という男は、結局どうなったんですか?」 僕は、尋ねた。
「どうするもこうするも、ありませんや」
半七老人は、からからと笑った。
「あれがもし、心中の片割れ、つまり女を殺した下手人だったならば、もちろんお縄になります。ですが、女は自分ひとりで死んだわけですからね。男のほうは、直接の罪には問われません。まあ、表沙汰にすれば、お上の手前、お叱りを受けた上で町役人にでも預けられる、ということになるんでしょうが、それも可哀そうだと思いましてね。それに、面倒ですし」
老人は、悪戯っぽく片目をつぶった。
「ですから、その場で僕がこんこんと説教をしただけで、まあ、大目に見てやることにしたんですよ」
「なるほど。いかにも、「半七親分」らしい裁きですね」
「ええ。それでですね、本当に可笑しいのは、それから一月ひとつきほど経った頃のことですよ。なんと、あのお登久さんと千次郎が、仲良く二人連れで、僕のところに礼を言いに来たんですから」 半七老人は、思い出し笑いをこらえきれない様子だ。
「男が無事に済んだから良かったようなものの、一旦はこちらに引き渡した以上、もしも千次郎が重罪人ということになっていたら、もう取り返しはつかなかったんですよ。そのことを言って、僕がお登久さんをからかってやると、彼女は実に真面目な顔をして、こう言ったもんです」
「『女っていうものは、皆みんな、そんなものなんです』ってね。はっはっはっは!」
江戸の空に響いたであろう、半七老人のからりとした笑い声が、東京のこの部屋にも聞こえてくるような気がした。 女心と春の空、とはよく言ったものだが、どうやら江戸の昔から、それはあまり変わらないらしい。




