エピローグ:十五夜の思い出
「……と、まあ、そういう訳でね」
半七老人は、淹れた二杯目のお茶をすすりながら、話を締めくくった。
「おふくろさん(お亀)も、娘の立派な決心を見て、とうとう承知しやした。娘を、そのお屋敷へ、奉公にやることに決めたんですよ」
「そうですか……。なんだか、すごい話ですね」
「ああ。だが、話は、それで終わりじゃねえんでさ」
「え?」
「それから、また話が進みましてね。いっそのこと、阿母のお亀さんも、一緒に国許へ行ったらどうだ、ということになりました。江戸には、近しい親戚も、もう無い。自分も、だんだんに年をとってくる。お亀さんも、一人ぼっちになるよりは、娘のそばに行った方が好い、という料簡になっちめぇまして」
結局、お亀は、永代橋の茶店をたたんだ。
世帯道具一切を片付けて、娘のお蝶と一緒に、遠い、北の国へ、二人で旅立っていった。
「なんでも、その御大名の、お城下に、立派な一軒家を持たせて貰ってね。親子水入らず、楽隠居のようなふうで、世を終ったそうですよ」
「じゃあ、お蝶さんは……」
「お蝶坊は、立派に役目を果たしたんでさ。明治になって間もなく、その、お心の弱かった奥方様も、大往生で亡くなりなすった。そこで、お蝶坊も、ようやく『お役御免』でお暇が出た、というわけです」
老人は、嬉しそうに目尻を下げた。
「お屋敷じゃあ、そりゃあ、大変な感謝だったそうですよ。奥方様を、長年、慰め続けてくれたんだからね。お屋敷から、立派に支度を整えて貰って、相当な家(=元・武士の家)へ、嫁いだという噂でしたよ。あっしが、若い頃に聞いた話だから……。まあ、多分、まだ達者で生きてるでしょうよ」
「はあ……。大団円、ですね」
僕は、ほっと息をついた。
「……あ、そういえば、親分。あの、偽物の方。お俊とかいう、三味線弾きは?」
僕がそう訊くと、老人は、急に意地の悪い顔で、ニヤリと笑った。
「ああ、あの悪党ですかい」
「ええ」
「あの後、江戸も、だんだん物騒になって、食いつめたんでしょうねぇ。噂じゃあ、駿府(=今の静岡)あたりへ流れ込んで、そこで、またロクでもねえ悪さをして……」
老人は、自分の首を、とん、と指で叩いた。
「……とうとう、お仕置になったとか、聞いてやすよ。まあ、因果応報って奴ですな」
夕闇が、すっかり濃くなっていた。
あの文久二年の夜と同じように、新暦八月の月が、東京の空に、白々と浮かび上がってきていた。




