プロローグ:江戸の音
「ただいま戻りました」
「おお、おかえりなさいまし」
半月ばかりの避暑、なんて言うとカッコいいけど、要は田舎の実家でダラダラしていただけの夏休みを終えて、僕が東京へ帰ってきたのは八月のまだ茹だるような盛りだった。
手にしたちっぽけな土産物(地元の煎餅だ)をぶら下げて、お馴染みの半七親分の家を訪ねると、好々爺といった風情の老人は、今しがた銭湯から戻ったところだと言って、縁側に敷いた蒲茣蓙の上で、どっかりと大あぐらをかいていた。
「やあ、先生。いいところへ。まあ、かき氷でもどうです?」
親分は、浴衣の胸元をはだけて、パタパタと団扇を遣っている。狭いながらも手入れの行き届いた庭には、夕方の、ほんの少しだけ湿り気を帯びた風が吹き抜けていく。夕立こそ来なかったが、さっき撒いたらしい打ち水が、まだ土の匂いを立ち上らせていた。
どこか隣の家の窓辺からだろうか。涼しげな、けれどどこか性急な虫の声が聞こえてくる。
「キリギリス、ですかね」
「ほう。先生も、虫の音がわかるとは、なかなか粋なところがおありで」
老人はニヤリと笑った。
「虫にもいろいろおりますが、このキリギリスって奴が、一番『江戸らしい』音なんですよ」
「江戸らしい、ですか? 松虫とか鈴虫じゃなくて?」
僕が首を傾げると、親分は「ちっちっ」と指を振った。
「そりゃあね、松虫様や鈴虫様は、お値段も立派だし、音色も風流で結構ですよ。山の手のお屋敷町で聞くには、そりゃあ似合いの音でしょう。ですがね、こちとら神田育ちの江戸っ子にとっちゃあ、どうも高尚すぎる。気取ってる」
まるで人間の品評でもするように、親分は言う。
「その点、キリギリスはどうです。一匹三銭かそこら。子供の玩具みたいなもんですが、この『ギーッ、チョン』っていう、どこか慌ただしくて、せっかちで、それでいてしみじみとした響き。これがいい。往来を歩いていて、どっかの裏長屋の窓か軒先でこいつが鳴き始めると、ああ、江戸の夏も終わりだな、って気分になる。当世の言葉で言やあ、最も平民的で、一番江戸の空気を吸ってるのは、キリギリスに限りますよ」
老人はそう言って、三銭の虫を大いに讃美した。あんたも虫を飼うならキリギリスにしなさい、とまで勧められてしまった。まあ、飼う場所もないんだけど。
虫の話が一段落すると、今度は軒先に吊るされた風鈴の話になった。チリン、と風が鳴らしていく。それから、そういえば今夜は新暦の八月十五夜だ、という話になった。
「暦が変わっちまうと、どうも季節感がズレていけねえ。八月だっつうのに、この暑さだ。これが旧暦の八月十五日なら、朝晩はぐっと冷え込んで、月見酒が美味い頃合いなんですがねえ」
老人は、また昔を懐かしむように目を細めた。昔のお月見はこうだった、団子だ薄だ、芋だ栗だと、江戸っ子の月見がいかに「花より団子」ならぬ「月より酒肴」だったかという、どうにも締まらない自慢話を始めた。
そのうちに、ふと老人の口が止まった。
「……そういやあ、月見の晩でしたな」
「はい?」
「いやね。忘れもしねえ、文久二年の八月十五夜。あの晩も、月が妙に明るかった。あんな不思議な事件も、後にも先にも珍しい」
そうして始まった老人の昔語りが、僕の手帳にまた一つ、奇妙な事件の記事を増やすことになった。




