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新釈・半七捕物帳 ~江戸の残影、明治の語り草~  作者: 方丈
1.お文の魂とからくり草紙
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第二章:手詰まりの調査と謎の男


松村は道中、ずっと考えていた。

(幽霊がどうのこうのと、武士同士の話し合いで切り出していいものだろうか……。いい年をして、馬鹿な奴だと思われるのは癪だな)

しかし、他に話の持って行きようがない。


西江戸川端の小幡屋敷では、主人の伊織が快く迎えてくれた。時候の挨拶などを交わしながらも、松村はなかなか本題を切り出せずにいた。笑われるのは覚悟の上だったが、いざ相手を前にすると、幽霊の話はあまりにも言い出しにくい。

すると、意外にも小幡の方から口を開いた。

「松村殿。実は……お道が、何かお話ししませんでしたかな?」

「は、はい。参りましたが……」

「では、お聞き及びかもしれませんが、女子供というのは馬鹿なものでしてな。近頃、この屋敷に幽霊が出るとか申しまして……はっはっは」

小幡は無理に笑っているようだった。松村も仕方なく、つられて笑う。だが、笑って済む話ではない。松村はこれを好機と、思い切ってお道さんから聞いた話を全てぶちまけた。話し終えた時、彼の額には汗が滲んでいた。


こうなると、小幡も笑ってはいられない。彼は困ったように顔をしかめ、しばらく押し黙った。

「……分かりました。こうなっては、真面目に詮議するしかありますまい」

小幡の考えでは、もしこの屋敷が本当に「化け物屋敷」なら、これまでにも誰か不思議な体験をした者がいるはずだ。だが、自分はもちろん、先代の両親や祖父母からも、そんな噂は聞いたことがない。四年前によそから嫁いできたお道さんだけに見えるというのが、まずおかしい。

「ともかく、まずは屋敷中の者を集めて、聞き込みをしてみましょう」


早速、譜代の家来である用人の五左衛門が呼ばれたが、答えは「先代様御在世の頃より、左様な噂はとんと聞き及びませぬ」というものだった。若党や中間たちも、新参の者ばかりで何も知らない。女中たちに至っては、そんな話を聞かされただけで震え上がる始末だ。


「ならば、池をさらってみろ!」

小幡は次にそう命じた。幽霊がびしょ濡れだという話を手がかりに、池の底に何か秘密が隠されているかもしれないと考えたのだ。屋敷には百坪ほどの古い池があった。

翌日、大勢の人足が集められ、池の掻い掘りが始まった。松村も立ち会ったが、出てきたのは鮒や鯉ばかり。泥の底から、女の髪一本、櫛一本すら見つからなかった。井戸も調べてみたが、結果は同じだった。


調査は完全に行き詰まった。

今度は松村の提案で、嫌がるお道さんを無理やり屋敷に連れ戻し、いつもの部屋で寝かせることにした。松村と小幡は、隣の間に隠れて夜が更けるのを待つ。

その晩、娘のお春ちゃんがすやすやと寝入ったかと思うと、突然、針で突き刺されたような悲鳴をあげた。

「ふみが来た! ふみが来た!」

「来たか!」

待ち構えていた二人は、刀を引っ掴んで襖を蹴破るように開けた。だが、部屋の中には行燈の灯りが揺れているだけで、誰の姿もない。お道さんは娘を固く抱きしめ、枕に顔を押し付けて震えていた。

この生々しい証拠を突きつけられ、松村も小幡も顔を見合わせるしかなかった。


一体、どうして三つの幼子が、自分たちの目にも見えない侵入者の名を知っているのか?

それが最大の謎だった。


噂はどこからか漏れ、小幡の屋敷は「幽霊屋敷」として近所で囁かれるようになった。そんな中、一人の男が「面白いじゃねえか」と、この面倒な事件に首を突っ込んできた。

それが俺、旗本の次男坊で暇を持て余していた、京四郎というわけだ。

俺は昔からこういう不思議な話には目がなくてね。噂を聞きつけるなり、小幡の屋敷に押しかけて、事の真相を確かめたんだ。

「小幡殿、困っているなら俺に任せちゃくれないか? この京四郎が、幽霊の正体を暴いてやるぜ!」

江戸の侍の次男三男なんてのは、はっきり言って高等遊民だ。家督を継ぐ長男と違って、よほどの才覚でもない限り世に出る見込みはない。だから、退屈しのぎに何か面白いことはないかと、常に探し回っている。俺もその一人だった。

小幡も、藁にもすがる思いだったのだろう。俺の申し出を喜んで受け入れてくれた。


「よし、やるからには徹底的にだ!」

俺はまず、その「おふみ」という女の身元を洗うことから始めようと考えた。その女とこの屋敷の間に、どんな繋がりがあるのかを探り出すのが先決だ。

「小幡殿、親戚や召使いに、おふみという名の女に心当たりは?」

しかし、小幡の答えは「ない」だった。

詳しく調べてみると、小幡家では代々、一人は領地の村から、もう一人は江戸の請宿うけやどから女中を雇っていることが分かった。その請宿は、音羽にある「堺屋」という店だという。

「よし、まずは手近な堺屋からだ!」

俺は早速、堺屋へ向かうことにした。小幡が知らないずっと昔に、おふみという女がいたかもしれないからな。

「では、頼みましたぞ、京四郎殿。くれぐれも、内密に……」

「任せておけって!」

こうして、俺の初めての探偵ごっこが始まった。それは三月の末の、よく晴れた日のことだった。

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