プロローグ:お屠蘇気分の失敗談
「先生、ようこそおいでくださいました。おめでとうございます」
「おめでとうございます。半七さんも、お変わりなく」
その年が明けて、僕はまた神田の半七老人を訪ねた。
改まって丁寧な新年の挨拶をされると、どうにも決まりが悪い。書生上がりのだらしない僕とは大違いだ。
やがて、お屠蘇とそが運ばれてきた。
もともとあまり飲まない老人と、自他ともに認める下戸げこである僕。ほんの形ばかり盃を重ねただけだというのに、二人してすぐに顔が赤らみ、春めいた気分になってくる。
こうなると、話が弾まないわけがない。
「いつものお話ですが、何かこう、春らしい明るいネタはありませんか? お正月にふさわしいような」 「そいつは、ちとむずかしい御註文ですな、先生」
老人は皺の寄った額を撫でながら、からからと笑った。 「どうで、あっしらの畑に転がってるお話とくれば、人殺しだの、泥棒だの、物騒な話が関の山でしてね。春めいた陽気な話ってえのは、とんと見当たりやせん。
もっとも、あっしらだって神様じゃありませんから。何から何まで見通しってわけにはいきやせん。 見込み違いもあれば、捕り損じもある。つまり、まぁ、一種の喜劇です。
いつもは手柄話ばかりお聞かせしてますからね。今日はひとつ、あっしが盛大にしくじった懺悔話でもいたしやしょう。今かんがえると、実に馬鹿馬鹿しいお話なんですがね」




