エピローグ:丹波山(たんばやま)の闇
「そいつが、猟師の作兵衛だったんで」
明治二十五年、赤坂の隠居所。
半七老人は、新しい煙草に火をつけながら、静かに語った。
「二人の話を立ち聞きしていて、自分のことがバレたと知ったんでしょうな。慌てて襲いかかってきたが、相手が悪すぎた。今牛若と、辻占の七兵衛が揃っていたんですから」
作兵衛の白状は、凄まじいものだった。
文化年間に江戸を騒がせた最初の槍突きは、作兵衛の兄・作右衛門。
兄弟は甲州・丹波山の奥で生まれ育った猟師で、江戸の町すら見たことがなかった。
兄が初めて江戸へ出て来た時、その繁華と、人々の着飾る姿に度肝を抜かれた。だが、その驚きは、やがて強烈な嫉妬と憎悪に変わったという。
「何故、自分たちとこうも違うのか。許せない。……そう思い詰めて、藪から竹を切り出し、暗闇で人を突き始めた。まるで、猪か猿でも狩るように」
兄はさんざん江戸を荒らした後、国へ戻り、数年後に雪崩で死んだ。
だが、その恐ろしい話を、弟の作兵衛は聞いていた。
「それから二十年。今度は弟の作兵衛が江戸へ出て来た。兄貴と同じように、江戸の空気に当てられ、気が狂っちまった。同じように竹槍で人を突き、一度は山へ逃げ帰った。……ですがね、先生」
老人は、火鉢の縁を指でなぞった。
「猟師というものは、一度獲物の血の味を覚えると、それが忘れられなくなるそうで。山で猪を突くたびに、江戸の夜を思い出し、堪え切れなくなって、また出てきやがった。……江戸の人間こそ、いい迷惑で」
「……その兄弟は、江戸ではどうやって」
「それが、博奕です。山猿みてえな奴らだと馬鹿にしてかかると、根こそぎ巻き上げられる。妙に博奕が強かった。木賃宿に泊まり、食うに困らねえ程度に稼いでは、暗い晩になると竹槍を担いで出歩く。……まったく、人の心というのは、恐ろしいもんですな」
作兵衛は、引き回しの上、小塚原で磔になったという。
「七兵衛親分の手柄は、侍や浪人ばかりに目を向けていた皆をよそに、あの柳原の一突きで『竹槍』と見破ったことでしょうな」
老人はそう言って、ふう、と長い煙を吐き出した。
雨はまだ、しとしとと降り続いている。江戸の闇も、文明開化の闇も、その深さに変わりはないようであった。




