第四章:浜町河岸の指
その夜。約束通り、勘次と富松が青い顔でやって来た。
七兵衛は二人に空駕籠を担がせ、自分は子分らと見え隠れに後をつけた。
だが、化け猫らしい娘は現れない。四ツ(午後十時)を過ぎても空振りだった。
「今夜は駄目か。明日も頼む」
二日目の夜。
やはり、それらしい姿は見えない。
「また、あぶれか……」
七兵衛は二人に酒手を渡し、寒い風が吹く浜町河岸を、一人ぶらぶらと家路についた。この浜町河岸は、大名屋敷が並ぶ裏手にあたり、夜はしんと静まり返る。
その時、後ろから息を切らした勘次が追ってきた。
「お、親分! 大変です! 女が……殺られてます!」
一町ほど先。
一人の女が倒れていた。二十三四の、粋な風情の女だ。
七兵衛が抱え起こすと、体にはまだ温もりがあった。左の胸を深く突かれている。
(たった今か……。叫び声は?)
念のため、女の口元を改めた。
その口の中に、何か硬いものがある。
……生々しい、人間の小指であった。
「……!」
声を立てさせまいと口を押さえたところを、女が苦し紛れに相手の指を噛み切ったのだ。
(これは、槍突きじゃねえ)
これまでの手口と違う。槍突きは、離れた間合いから突く。これは、組み敷いて殺している。槍突きの騒ぎに紛れた、怨恨による殺人だ。
検視の結果、女は両国の並び茶屋の女・お秋と判明した。
七兵衛は、噛み切られた小指に、藍の色が深く染み付いているのを見逃さなかった。
「……紺屋の職人を探せ」
犯人はすぐに見つかった。
向こう両国の紺屋で働く職人、長三郎(十九)。
お秋に惚れ抜き、貢いだ末に振られ、お秋に浜町の情夫がいたことを知り、嫉妬に狂った。
槍の穂先だけを買い、槍突きの仕業に見せかけようと、浜町の情夫の元から帰るお秋を待ち伏せたのだ。左手の小指を包帯で巻いているのが、何よりの証拠だった。
「とんだお景物だ」
だが、七兵衛はこの長三郎の口から、思わぬ手がかりを得た。
近所の獣肉屋――この頃、表立って獣肉は食えなかったが、猪や鹿を「山鯨」、あるいは「薬食い」と称して商う店があった――に、猿や狼を売りに来る甲州の猟師がいるという。
「名前は作さん。花町の木賃宿に泊まってやす」
「その猟師がどうした」
「博奕が妙に強えんで。あっしがこないだ、横網河岸を通ったら、作さんが河岸の竹藪に入ろうとしてやした。『狐を見つけたから追う』とか言ってやしたが……」




