第三章:浅草の十夜詣で
浅草のお十夜は、物騒な噂にもかかわらず、それなりの人出であった。経を読む声、説法に耳を傾ける人々。
だが、七兵衛の心は落ち着かなかった。
(あの槍……。手応えが妙だった)
柄を掴みかけた一瞬の手触り。それは、道場で使うような樫の重さではなかった。もっと軽く、乾いた……。
「……竹、か?」
境内には、湯気を立てる甘酒屋や、香ばしい匂いをさせる田楽の屋台が出ている。
七兵衛は、田楽を一本買い求めた。熱い味噌の焦げた匂いが鼻をつく。それを頬張りながら、さきほどの襲撃を頭の中で組み直していた。
切れた数珠を袂にしまい、そそくさと家路についた。
翌日。
臆病な駕籠屋の口から漏れた「化け猫」の噂は、尾鰭がつき、槍突きの恐怖と相まって江戸中を駆け巡った。
「奇怪の風説、厳しく取り締まるべし」
町奉行所からの御達しである。
「……仕方ねえ。火元を叩くか」
七兵衛は、浅草・馬道裏の長屋に住む駕籠屋の勘次を訪ねた。
路地の入り口にある荒物屋で場所を訊ねると、店先の婆さんが苦い顔をした。
「ああ、勘次さんなら、この十日ばかり商売に出ねえで、奥さんと毎日怒鳴り合ってますよ」
危ない溝板を渡って路地奥へ入ると、果たして、甲高い女の声が響いていた。
「へん、意気地なし! 槍突きぐらいが怖くて、夜稼ぎができるもんかい! 嬶相手に蔭弁慶かい!」
勘次は三十四五の小太りな男で、人の良さそうな顔を、今は真っ赤にしてあぐらをかいている。
「ごめんなさいよ」
七兵衛が土間に立つと、勘次と女房がぎょっとしてこちらを見た。
「話は早えがいい。あっしは葺屋町の七兵衛。十手を預かっている」
岡っ引きと聞いて、二人の顔が青ざめた。
「早速だが、お前、このあいだ蔵前で変な客を乗せたそうだな。……その件で、ちと面倒が起きている。お前を引っ立てなきゃならねえ」
七兵衛は、奇怪な風説を流した張本人として、勘次と富松を奉行所へ突き出す、と嚇した。
「そ、そんな! あれはまっすぐのことで!」
「わかっている。だから、取引だ」
七兵衛は、罪を免じてやる代わりに、今夜、富松と二人で空駕籠を担ぎ、自分の家へ来るよう命じた。
「化け猫釣りといくか……」
七兵衛は、子分の岩蔵と民次郎を呼び、策を授けた。
「民、お前と寅七に頼んでおいた竹藪の見張りは、どうだ」
「へえ、親分。江戸中の竹藪なんざ、広すぎて……」
「辛抱しろ。じきに繋がりが出てくる」




