プロローグ:明治の顔切り
明治も二十五年(一八九二年)といえば、世の中もだいぶ落ち着きを取り戻し、東京の街並みも日々その姿を変えつつあった。
春先の、まだ肌寒い雨がそぼ降る日だった。僕は赤坂の台地にある半七老人の隠居所を訪ねていた。老人は火鉢にかけられた鉄瓶の湯気を眺めながら、いつものように上等な刻み煙草を燻らせている。その香ばしい紫煙が、しっとりとした雨の匂いと混じり合う。
「先生、近頃の新聞は物騒なことで持ちきりですな」
僕が持参した新聞に目を落としながら、老人が言った。このところ、麹町や番町、本郷、牛込といった山の手界隈で、夜半に若い婦女子が顔を切られるという残忍な事件が相次いでいた。
「ええ。警察も躍起になっているようですが、犯人の影も形も見えないとか。一種の色情狂ではないか、ともっぱらの噂です」
「ふむ。まあ、気ちがいでしょうな」
老人は顔をしかめ、煙管の火皿を灰吹きにぽんと叩いた。
「昔から、髪切り、顔切り、帯切り……人の心の闇が生み出す悪さというのは、いろいろありました。ですがね、先生。江戸の昔、これと似た手口で、もっと恐ろしいとされたのが『槍突き』でさあ」
「槍突き、ですか。文字通り、槍で人を?」
「へえ。暗闇からいきなり、往来の人間を誰彼かまわず突き殺すんで。文化年間に始まり、文政のころにまたぞろ流行りやしてね。いや、流行りなんてえ呑気な言葉じゃあいけませんな。あの初代・清元延寿太夫師匠も、堀江町の和国橋で駕籠ごと突かれて亡くなった。あれも、この槍突きの仕業だったんで」
清元延寿太夫といえば、富本節から独立して一派を成した大名人である。
「それは……。単なる辻斬りとは違うのですか」 「通り魔という意味では同じですが、刀と槍では勝手が違います。これは、あたしが直接手掛けた一件じゃあありやせん。あたしが岡っ引きになる前の、大先輩の働きでしてね。葺屋町の七兵衛、後に『辻占の七兵衛』と呼ばれた名親分の探偵談で……。まあ、お聞きになりますか」
鉄瓶が、ちりちりと静かな音を立てていた




