第十章:市丸太夫の白状
町内の自身番へ引っ立てられて行った男は、果たして、麹町の万歳・市丸太夫であった。 かれはふところに小刀を呑んでいたが、その刃には血の痕はなかった。
「お前は、富蔵を殺して、火をつけたのか」
番屋の土間に、市丸太夫はうなだれた。
「恐れ入りました……」 かれは、観念したように白状した。
「全く、わたくしは富蔵を殺そうと存じてまいりました。しかし……殺さないうちに火事が出来て、富蔵は焼け死んだのでございます」
「なぜ、富蔵を殺そうとした」
「わずかの金に、差し支えましたのでございます」
かれは、誤って富蔵の猫を殺した始末を、正直に申し立てた。 それは、長屋の者たちの推察通りであった。 彼は、一昨年の春からお津賀に関係し、毎年江戸へ出るたびに彼女のところへ訪ねて来ては、松の内に稼ぎためた祝儀の金の大部分を、絞り取られていた。
「いわば、腐れ縁でございます」
今年も一年ぶりで訪ねて来ると、あいにくお津賀は留守で、測らずも隣の猫を殺すような間違いを仕出来してしまった。
「お津賀のあつかいで、その場だけは勘弁して貰ったのですが、後金の四両一分の工面が、なかなか付きません。仲間の者も、春になって稼ぎが出なければ、まとまった金を貸してくれることは出来ませんので、わたくしも途方にくれました」
「差し当り、お津賀の着物でも質に入れて、なんとか融通して貰おうと存じまして、その明くる晩、出直して相談にまいりますと、剣もほろろの挨拶で断わられました」
『あたしが、あんたの金のために、自分の着物を売れってのかい。冗談じゃないよ!』 と、そう言われたのであろう。
「ふた言、三言云い合っていますうちに、お津賀はあの通り、気の強い女で、とうとう私をつかまえて表へ突き出してしまいました。……いい年を致しまして、若い女に係り合いまして、飛んだ恥を申し上げなければなりません」
「それで悄々(しおしお)と宿へ帰りますと、あくる日、今度はお津賀がわたくしの宿(麹町・三河屋)へ押し掛けて参りまして、『後金を早くどうかしてくれなければ、近所へ対して面目がない』と強請みます。その日はまあ、なんとか宥めて帰しますと、あくる日もまた押し掛けて来て、やかましく申します。宿の手前、仲間の手前、お津賀のような女に毎日押しかけて来られましては、わたくしもどうしてよいか、実に消え入りたいくらいで……」
若い女にさんざんさいなまれている老いぼれの懺悔を、半七は、嘲るような、又あわれむような心持ちで聴いていた。 市丸太夫は、恐る恐る語りつづけた。
「そういう次第で、わたくしも途方に暮れて居りますうちに、宿の女中から、不図こんなことを聞きましたのでございます。昨年の夏頃から宿に奉公して居りましたお北という若い女中が、主の定まらない胤を宿して、だんだん起居も大儀になって来た。この七月に暇を取って、新宿の宿許へ帰って、十月のはじめに女の児を無事に生み落しました」
「ところが、その赤児が、どうした因果か、生まれるときから上顎に二本の長い牙が生えている、『鬼っ児』でございまして……。本人は勿論、兄弟たちも世間へ対して外聞が悪いと申して、ひどく困っているということを聞きました」
「わたくしは、すぐにそのお北の家へたずねて参りました。お北とは顔馴染みでございますので、本人に逢ってその赤児をみせて貰いますと、なるほど、これは立派な因果者でございます」
市丸太夫は、そこで卑しい算段をした。 「正直のところ、わたくしはとても差し当って四両一分の工面は付きません。ですから、この因果者を、あの香具師の富蔵のところへ持って行って、猫の形代に受け取って貰おうと存じまして……」
「この児を、よそへやる気はないか、と訊きますと、実は持て余しているところだから、片輪を承知で貰ってくれる親切な人があれば、何処へでもやりたいと申します。……それでは一度、相談して来ようと約束して帰りまして、その足でお津賀のところへ行って相談しますと、隣の富蔵はあいにく居りませんでしたが、お津賀はその話を聞きまして、『それが全く商売になりそうなものならば、富さんも承知してくれるかも知れないから、ともかくもその因果者を連れて来てみせろ』と申しました」
「それでとうとう、その赤ん坊を取って来たのか。おめえも無慈悲な男だな」 と、半七は苦々しそうに云った。
「重々(じゅうじゅう)、恐れ入りましてございます。無慈悲は万々(ばんばん)承知して居りましたが、なにぶんにも背に腹は換えられないと存じまして……」
「お北の方へは、よいように話をしまして、ともかくもその鬼っ児を受け取ってまいりますと、ちょうど途中で、わたくしの才蔵に逢いました。松若でございます。松若は、わたくしの宿へたずねて来る処でございましたから、これは幸いだと存じまして、あらましのわけを話して、其の児をお津賀の家へとどけてくれるように、松若に頼みました。松若も、わたくしと一緒に行ったことがあるので、お津賀の家はよく知っている筈でございます」
「それは、二十六日の宵の五ツ(午後八時)少し前でございましたが……。松若は、それぎり宿へ帰ってまいりません」
「どうしたのかと案じて居りますと、そのあくる日(二十七日)の午過ぎに、お津賀が又押し掛けてまいりまして、『あの因果者はどうした』と催促いたします。『ゆうべ松若にとどけさした』と云いましても、なかなか承知しませんで、いろいろ面倒なことを申しますので、わたくしもいよいよ困り果てました」




