第八章:麹町の点と線
「親分。不思議なことがあるもんですねえ。踊る猫たあ」 空っ風の中を歩きながら、亀吉が感心したように云った。 「むむ。広い世間には、いろいろのことがある」 と、半七はうなずいた。 「だが、まあ、ここまで足を運んだ甲斐はあった。これで、もう大抵見当は付いた」
(――お津賀の「叔父」。五十がらみ。酒に酔い、三味線を弾く。下谷まで来る。……善八の報告にあった、麹町の「三河屋」の万歳・市丸太夫。五十二、三。酒好きで、酔うと三味線をぽつんぽつん弾く。この二人は、同一人物と見て間違いあるまい)
「……今度は、その鬼っ児の出どころだ。いや、それも、おそらくすぐに判るだろう」 半七は、亀吉に向き直った。
「それでお前の方の仕事は、もう年明けらしい。ご苦労だった。わっしは、これからちと脇へ廻るから、ここで別れようぜ」
「へい。……あの、富の野郎は、どうしやしょう」
「さあ、今のところじゃあ、しようがねえ。猫殺しの慰謝料に、五両の約束はしたんだ。恐喝まがいとはいえ、まあ、打っちゃって置け」
「あい」 亀吉は、まだ富蔵への腹の虫が治まらぬといった風であったが、渋々と別れて行った。
あまり長追いをするほどの事件でもない、と半七は思った。 が、かれの性分として、なんでも最後まで突き留めなければ気が済まないのである。 半七は、その足で山の手まで登ってゆくと、冬の日はもう暮れかかって、寒そうな鴉の影が、江戸城の御堀の松の上に迷っていた。
麹町五丁目の定宿「三河屋」へたずねてゆく。 年の瀬の宿は、出入りする万歳師や、彼らを世話する者たちで、表口からして慌しい。 その筋向かいの煙草屋の店さきで、善八が寒そうに番をしていた。
「親分。いけねえ。市丸は、まだ帰らねえそうですよ」 かれは、待ちくたびれたように云った。
「大きに御苦労。……それより善八、その市丸のところへ、近ごろ女がたずねて来たらしい様子はねえか」
「来ました、来ました」 善八は、待ってましたとばかりに答えた。 「宿の女中に聞いたら、なんでも、小粋な二十五、六の女が、二、三度たずねて来たそうです。……おや、親分。よく知っていますね」
「むむ、知っている」 と半七は笑っていた。下谷のお津賀で、まず間違いない。 市丸太夫が、猫殺しの慰謝料五両を工面できず、情婦のお津賀に宿まで押しかけられ、強請まれていたのだろう。 (――これで、全部つながった)
「もう大抵判っているんだから、きょうはこのくらいにしておこう。おめえも、数え日にここでいつまでも納涼んでもいられめえ。家へ帰って、嬶が熨斗餅を切る手伝いでもしてやれ」
「へい。じゃあ、もう、ようがすかえ」
「ああ、もうよかろう」 ふたりは連れ立って、冷え切った神田の町へと帰った。
寒い風は、夜通し吹きつづけた。 火事早い江戸に住んでいる人達は、この乾ききった強風に、その晩はおちおち眠られなかった。 とりわけて、御用を持っているからだの半七は、いよいよ眼が冴えて、まんじりともしなかった。
あくる二十九日の朝、まだ七ツ(午前四時)の頃である。 寝床をぬけ出して、行燈の灯で煙草をのんでいると、表の戸を、割れるように叩く者があった。
「誰だ。こんな早朝に、誰だ」
「わっしです! 亀です!」 外で、あわただしく呼ぶ声がした。
「豆腐屋か。馬鹿に早えな」 家の者はまだ起きないので、半七は自分で起って戸をあけると、亀吉が息をはずませて転げ込んで来た。
「親分! 富蔵が、殺られました!」




