平穏の下の暗流
遠くから、一軒の家が扉を大きく開けて、 slowly と出てきたのは、小さくて見慣れたシルエットだった。
…
「ケイちゃん、どうしてこんな時間まで帰ってこなかったの?」
少年が急に腰に手を当ててケイを見上げる。
「ごめんね、道がすごく混んでて……」ケイはにこっと笑って、軽く頭をかく。
「混んでるわけないでしょ、きっとまた寄り道してたんでしょ?」少年は腕を組んで、顔を少し横にそらす。
「それなら今日の唐揚げ、ケイちゃんの分はないから!」
…
「やだよぉ、ショーヤくん!意地悪しないでよぉ!」ケイがショーヤの体を激しく揺する。
「わかった……わかったって……とりあえず……」ショーヤが揺れる頭を抱えながら割り込む。
…
「ケイ、今何してるの? いきなりこの子を揺すって」俺が近づく。
「他人に急に飛びついたりするのはよくないよ、ケイちゃん!」レンがすぐ後ろから続く。
「他人に迷惑かけちゃダマえよ、特に初めて会う人には」ネネが腰に手を当ててやってくる。
…
「でも……ショーヤくんは他人じゃないもん……」ケイがぐるぐる回る目で少年を見る。
「どういうこと?」俺たち4人が一斉に目を吊り上げる。
…
「だって……私、この子と一緒に住んでるもん!」
「えええええっ!?!?」俺たち全員が固まる。
…
「どうしてそんなことになってるんだ? なんで見知らぬ男の子と一緒に住んでるんだ?」俺が慌ててケイの肩をつかむ。
「そうだよケイちゃん、何か無理やりされてるんじゃないよね?」シノミが心配そうに近づいて、腰を低くしてケイを覗き込む。
…
「だって……だって……これ、兄ちゃんの知り合いだから……一緒に住んでるだけで……」ケイがもじもじしながら顔を下げて、ちらっと俺を見上げる。
「知り合い……でも俺は……」俺が少年の方に目を向ける。
突然、あの運命がねじ曲がり始めた夜の映像が蘇ってくる。白い鎧の軍団が初めて現れた瞬間。
この顔……間違いない……あの瓦礫の中で助けた少年だ……でも……
…
「そうそう、ハル!この前、崩壊した街で連れて帰った子だよ!」レンが急に駆け寄って少年を支える。
「えっ……?」
「お兄さんたちは……」少年が片手で頭を押さえながら、半開きの目で俺たちを見る。
…
「この前の兄さん姉さんたちだ!」少年がぱっと目を見開いて立ち上がる。
「この前は母子共々助けてくれて、本当にありがとうございました!」
…
「いいよいいよ、困ってる人を助けるのは当たり前だろ?」レンが少年の頭をぽんぽん撫でて、にこっと笑う。
…
「でも……名前なんだったっけ?」レンが軽く頭をかいて、顔をそらす。
「それでよく知らべから飛び出してきたよね、レン?」ネネが冷たい目で睨んで、目が点になる。
「覚えてるって! ……名前だけが……ちょっと……ぼんやりしてて……」
「覚えてないなら覚えてないって言えばいいのに、体裁ばっかり!」
「覚えてるってば……えっと……名前は……」レンが少年を指差して、もう片方の手で頭をかき、顔をしかめる。
…
「あ……醤油だったよな?」レンがキラキラした目で真顔で言う。
…
ぷっ……!
ははは……はははっ!
「何考えてんの……男の子に……醤油って名前つけて……」ネネがお腹を抱えて笑う。
「何笑ってんだよ、いい名前だろ!」レンが急に背筋を伸ばして、燃えるような目で俺たちを睨む。
…
ぷっ……くすっ……くすっ……
俺とシノミが必死に口を押さえて顔をそらす。
…
「お前らまで笑うなよ!」レンが手をばたばた振り回す。
…
「レン兄さん、次はちゃんと聞いてね!」ケイが優しくレンの腕をぽんと叩く。
レンの顔がトマトみたいに真っ赤になる。
…
「聞いてくれよ……」レンが少年の側に駆け寄る。
…
「こちらがショーヤくんです! 今、私が一緒に住んでるところです!」
「三日月翔也です、よろしくお願いします!」ショーヤが軽く頭を下げる。
「翔也くんで呼んでください!」
…
「よろしくね、翔也くん! 私たちは……」ネネが前に出て、俺たちを手で示す。
「はい、もう知ってます! ケイちゃんからみんなのことたくさん聞いてます……それに、俺たちをすごく助けてくれた人も前に話してくれて……」
「すごく助けてくれた人……でも俺たちはそんな人知らないぞ?」俺が首をかしげて翔也を見る。
「でも……その人はみんなとすごく仲がいいって……」
「ほら……その人……」翔也が後ろの家を指差す。
そして家から出てきたのは……
…
「お母さん、帰ってきたよ! 言ってた通りだ!」少年が家に向かって手を振る。
見慣れたもう一つの顔が現れる。松葉杖をつき、足にギプスをした女性。
…
「あなたが……」俺たちが呆然と見つめる。
…
「もうすぐ暗くなるし、みんなで中に入りましょう! 話は後でゆっくり!」女性が笑顔で体の向きをずらしてドアを開ける。
そしてもう一人の影がちらりと現れる。
「その通りよ! みんな、まずは入って入って!」風に髪をなびかせながら、笑顔が俺たちに向けられる。
…
「星間さん!?」俺の3人の友達が同時に叫ぶ。
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現代的なLEDの灯り、冷房の涼しさ、テレビから流れるニュースの音。
本当に久しぶりに感じるこの感覚。
…
「うわー気持ちいい! この感覚めっちゃ懐かしい!」レンがソファに大の字になる。
「小林さん、少しは遠慮して! 他人の家ですよ!」シノミが髪をまだ濡らしたまま、小声で言いながら口元を隠す。
「いいじゃん……ちょっと休んでるだけ……」レンが目を細める。
…
ごんっ!
「しっかりしなさいよ!」ネネが首にタオルをかけながらレンの頭を拳で叩く。
「なんでいきなり自分の家みたいになってんのよ!」
「いいじゃん……久しぶりにこの感覚味わってるんだから……」レンが頭をさすりながらネネを睨む。
「三日月さんも困ってるでしょ!」ネネがキッチンを指差す。
…
「大丈夫よ、みんな。自分の家だと思ってくつろいでね!」三日月さんが笑顔で野菜を切りながら答える。
「ダメです、おばさん! もう十分お世話になってるのに!」ネネが両手を振る。
「お宅に泊めてもらって、物も使わせてもらってるのに、これ以上……」
「いいのいいの……どうせ普段は母子二人だけだから、人数増えても全然……」三日月さんが窓の外を見て少し遠い目をする。
…
すっ……
「ねえ、兄ちゃん。お風呂できたよ!」ケイがドアから顔を出す。
「うん、ちょっとこれ終わったら……」俺はスープを見ながら肉を切り続けている。
「大丈夫、私がやるから行ってきなさい!」三日月さんが俺の肩に触れる。
「でも俺たちお邪魔してる身で……」
「大丈夫ですよ、十神様! 後は私がやります」突然コウカが現れて俺の手から包丁を取る。
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」俺が包丁を置いて風呂場へ向かう。
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「ぽたっ」
湯気が鏡を覆い、水面が落ちる雫ごとに小さく波立つ。
…
はぁ〜
俺は湯船に大きく伸びをして、縁に頭を預ける。
「やっと……全部終わった……!」手で目を覆いながら呟く。
「全部……悪夢みたいだった……」
…
「どれくらいぶりだろ……こんな風に浸かるの……」目がだんだん閉じていく。
…
ぽたっ…ぽたっ…ぽたっ…ぽたっ…
ぽたっ…
………………………………………………………
視界が真っ暗になり、どこからかぼんやりした声が聞こえてくる。
「お前……」
「お前の……」
「お前のせいだ……」
「忘れるな……忘れるな……」
「お前が……お前が……お前が原因だ……」
……….
声が四方八方から響き、闇に溶けていく。
その声はどこから……誰が……なぜ……
目が重い……体が動かない……
息が苦しい……
声を出そうとする……目を開けようとする……動こうとする……
でも……何も……何も起きない……
そして突然、空間が真っ白に輝く……
目が無理やり開かされる……
………………
目の前は戦場……ただの戦場……
死体が山積み……槍が天を突き刺す……
横転した車両……焼け焦げた旗……
遠くには巨大な機体が傷だらけで倒れ伏している……
…
「これ全部……」俺はゆっくり後ずさる。
…
「ぐっ!」
冷たく血の乾いた手が突然俺の足首をつかむ。
…
「お前のせいだ……お前のせいだ……」手がぎゅっと締まる。
「わからない……離してくれ……」俺が必死に足を振りほどこうとする。
「俺は何も……知らない……」目が震え、体が全力で逃れようとする。
…
「ぞろぞろ…うねうね…ぐにぐに…もぞもぞ…」
「お前のせいだ……お前のせいだ……」無数の手が四方から伸びてくる。
…
「返せ……返せ……返せ……」
「なぜだ……なぜだ……なぜだ……」
「見ろ……見ろ……見ろ……」
…
「知らない……俺は知らない……」俺は周りをキョロキョロ見回しながら、囲まれた手から必死に逃れようとする。
じたばた……むぎゅっ……
じたばた……ぎゅうぎゅう……
…
そして全ての手が俺の体を包んだ瞬間、
「見ろ……見ろ……」頭を固定され、髪を掴まれて後ろに引っ張られ、ある方向を指差される。
「罪だ……罪だ……罪だ……」
「許さない……許さない……許さない……」
…
そして全ての音がぴたりと止まり、ただ一つの声が響く。
「見ろ……お前たちの血が……どれだけの命を奪ったか……」
…
俺の目が大きく見開かれ、唇が震え、額に汗が伝う……
目の前は血の海……いや、巨大な血の海……
軍用車両が沈み……武器が血に染まり……
無数の手が水面から伸びるが、硬直して動かない……
巨大な機体が徐々に腐食されていく……
…
ぽこぽこ…ぷくぷく…
水面に突然泡が立ち始める。
…
ぷくぷく…
…
ぐちゅっ!
断線した回路の巨大な機械の体が浮上する。
「どばっ…ちゃぽん…ざあっ…ぼちゃん…」
真っ赤な水が滝のように流れ落ち、巨大な金属片が次々と落ちる。
そして赤い光が俺を直視する。
…
「ぐぐっ」
巨大な手が俺の体を締め上げる。
…
「じたばた…ぎゅっ…もがもが…ぎゅうぎゅう…」
「離せ……離せ……」俺が必死に暴れる。
…
そして俺を引き寄せる。
「やはりお前か……最後の生き残りめ……」
…
「弱い……小さい……」
「平凡だ……」
…
「そこにいろ……動くな……そうすれば……見逃してやってもいい……」
「どういう意味だ?」俺が睨み返す。
「諦めろ……忘れろ……降伏しろ……」
…
「その魚を……奴らに渡せ……」
「お前……何が目的だ? 諦めろ? 降伏? 引き渡せ?」
「最も近い者を……最も大切な者を捨てろ……」
…
俺の体が止まり、顔を伏せ、頭の中にはあの日の記憶だけが響く。
周りに捨てられた少女。
それでも笑って、いつもそばにいてくれた。
最悪の瞬間……あの方が永遠に去った時も……
…
「シノミ……お前は何を……」俺が呟く。
「アイツから何が欲しいんだ!」
…
「私が……欲しいもの? いつだってシンプルだ……」
「見るのが嫌でな……お前たちが絡み合って……全てを壊すのが……」
「くだらない感情のせいで……」
………
………
「断る!」
「なぜアイツを犠牲にしなきゃいけない?」
「なぜアイツがこんな馬鹿げた罰を受けなきゃいけない?」
「もう十分苦しんだだろ?」
「ふざけるな!」
…
「これが……お前の……最後の選択か……?」
「そうだ! 俺の選択だ! 何があっても!」
…
ぎゅうっ…むぎゅっ…ぎちぎち…ぐぐっ…
ぎゃあっ…あああっ…ああっ!
巨大な手が締め上げ、赤い光が体を包む。
…
「お前は知らない……アイツの罪……お前の罪が……どれほど大きいか……」
……………
ガンッ!
突然、青い軌跡を引く巨大な斧が機体の胴体を真っ二つに斬り裂く。
…
ぼちゃん!
俺が手から落ち、血の海が飛び散る。
…
むせっ…ごほっ…げほっ…
視界がぼやけ、まぶたが開いたり閉じたり……耳がキーンと鳴る……
そして最後に聞こえた機体の声……
「またお前か……なぜ……お前は奴らを守って……同胞を……仲間を忘れる……」
……
むせっ…ごほっ…げほっ…
…
「十神様……十神様……」
額に冷たい感触。
目が正常に戻り、そこには顔面蒼白のコウカがいた。
…
「十神様……大丈夫ですか……?」コウカが俺の背中をさする。
「わ、わたし……大丈夫……ちょっとだけ……」
「今のは本当に危険でしたよ、十神様!」
「でも俺はただ……」
「温度を見てください!」
「約……45度……45度!?」ぼやけた目が一気に開く。
「かなり長く入ってましたよ! これが長引いたらどうなるか分かりますよね?」コウカが心配そうに俺の手を強く握る。
「もし十神様に何かあったら……私……私……」
「つまり……さっきの映像……赤い目の巨大な機械は……」
………
「そう……全部、高温で長く浸かりすぎただけです」
「俺……俺……ごめん……」
「大丈夫ですよ、十神様。もう解決しましたから」
「さあ、早く着替えて下に降りてください。みんな待ってますよ!」
「うん……」
…
「このままの方が快適だと思ってるなら別ですが……」コウカがチラッと横を向く。
「でも他の女の子たちは絶対嫌がりますよ」
…
俺の顔が一気に真っ赤になり、反射的に跳ね起きて近くのタオルを掴む。
…
「すぐ着替えるから! コウカ、先に降りてて!」
…
「では失礼します……」コウカがくすっと笑って出て行く。
同時に小さな呟きが聞こえた。
「まさか……まだ生きてたなんて……しかもあんなことまで……」
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質素な夕食——味噌汁、焼き魚、野菜の煮物——を終えて、みんなそれぞれ家の中で散らばる。
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「そんな、洗い物なんてしなくて大丈夫ですよ、小林さん」三日月さんが笑顔で見る。
「そんなわけにはいかないですよ、三日月さん。みんな何かしら手伝ってるのに……」レンが皿を洗いながら大声で笑う。
「俺が怠け者になるわけにはいかないでしょ!」
「それに、何もしないとまた耳元でガミガミ言われるし!」レンが顔をしかめて、ネネとシノミが子供たちと遊んでいる方を見る。
「ああ、なるほど……」三日月さんが視線を追う。
…
「でも……」
「ハル……この女たらし……みんなの前で堂々と女の子に言い寄りやがって……」レンが歯ぎしりしながら皿をぎゅっと握る。
…
「しかも仕事中に女の子の膝枕で寝やがって……」
…
「ふふっ……くすっ……」
三日月さんが顔をそらして笑いを堪える。
.…………………………………………..
「本当は今手伝えるのに……」俺は動けずに天井を見上げる。
「ダメです! 今はまだ動いたり働いたりしちゃダメ!」コウカが背筋を伸ばす。
「でも……そこまでしなくても……コウカ?」
「もちろん必要です!」コウカがにこにこ笑う。
…
「でも……」
「必要です」
「でも……」
「すごく必要です!」
…
「せめて水くらい飲ませて……?」
「もちろん! 熱中症の後は電解質補給が超大事ですから!」
…
まだ少しフラフラする頭で、コップが手の中で震える。
無意識に窓の外を見ると——
…
外の道は真っ暗で、まるで全域停電のよう。
小さな灯りがぽつぽつと続き、寂しく、弱々しく進んでいく。
そしてその灯りの上に——
…
「とぼとぼ…よろよろ…どしんどしん…」
一人、また一人……ゆっくり歩いていく。軍服を固く握りしめたまま……
俺の目が大きく見開かれ、指先が窓にそっと触れる……
…
俺が振り返った瞬間——
「コウカ、外が——」
…
「十神様、少し外を散歩でもしましょう!」コウカがにこっと笑って俺を見る。




