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後編

 (……どうして。)

 (……なんで(雑音)がこの中でねむってるんだ。)

 (……あのとき、ふつうにはなしてたのに。)


 『(雑音)のことなんて、大っきらい!』


 (……ぼくの、せい?)


 (ぼくが……あんなこと……いったから……。)

 (ぼくが……ぼくがっ……!!)


 *****


 時刻は深夜ごろ。

 夏希が夢から覚めた時、全身が冷や汗で濡れていた。


 ……昼間は、最期の会話の夢。

 ……夜は、葬儀の日の夢。


 あの日から、ずっと悪夢に囚われている。


 「……なつ君?」


 隣から少女の声が聞こえて、夏希ははっと今の状況を思い出した。


 ……高熱を出して神社で倒れたところを、狐耳の巫女に介抱されて看病されていたら、今晩は泊っていくように言われた。

 固辞しようとしたが、「病気なのに1人で帰せないよ」の一点張りで、そのうちにうっかり両親が家に居ないと口を滑らせてしまい、結局捕まってしまったのだった。

 しかも、「何かあってもいいように」という理由で隣に布団を敷いていた。


 「……大丈夫? 何か、うなされてたよ?」


 おかげで、先ほどの悪夢でうなされていたのも筒抜けであった。


 「そういえば、私が看病してた間も、何かにうなされてたね……何か、嫌な夢見てた?」


 彼女は、いたわるような視線を夏希に投げかける。


 「……私に、聞かせてくれないかな?」

 「……。」


 話すわけがない。夏希はそう思っていた。

 ただ、彼女に愁いを帯びた視線を向けられてしまえば、その思いを貫くことはついぞできなかった。


 *****


 9年前……小学校1年のクリスマスイブの日、友達であった女子を交通事故で亡くした。

 終業式の後、通学路で、猛スピードで走ってきた酒気帯び運転の車に撥ねられたのだ。


 事故直前、夏希とその少女はけんかになってしまった。

 原因は夏希が家族とともに海外へ引っ越すことが決まったためだった。


 泣き続ける彼女に、酷いことを言ってしまったこと。そのせいで、彼女を怒らせて「大嫌い」と言われてしまったこと。彼女が泣きながら学校を飛び出した直後に、事故があったこと。

 9年経った今でも、そのことだけは明確に覚えていた。


 事故のショックで、夏希はそれ以外の彼女の記憶を全て失った。

 彼女の名前も、顔も、声も、人となりも、何も覚えていない。


 ただ、彼の胸に遺ったのは自分に対する怒りと、彼女に対する罪悪感であった。


 彼女が死んだのは、自分のせいも同然だ。

 自分は、彼女に恨まれるようなことをしてしまった。


 それから、彼は他の誰とも馴染めなくなり、1人の殻に閉じ込められてしまった。


 9年の歳月が流れ、イギリスから日本に帰国し、高校生になった今も、彼は呪いに苦しめられている。


 *****


 「……。」


 狐耳の少女は、すっかり黙り込んでしまった。


 きっと、話を聞いて幻滅してしまったに違いない。

 やっぱり、話さなければよかった。


 すっかり自己嫌悪に陥ってしまった夏希は、彼女の布団とは逆の方向へ寝返りを打ち、そのまま目を瞑った。




 その先の記憶は、はっきりしない。


 ただ、夏希は夢うつつに、背後から誰から優しく抱き着きながら、すすり泣く声を聴いた気がした。




 「……違うの……なつ君は、何も悪くないの……。」




 「なつ君……ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……。」




 それは夢だったのか、それとも現実だったのか。

 彼は結局分からずじまいであった。


 *****


 「……なつ君、朝だよ。一緒にご飯食べよ。」


 翌日の朝、夏希は少女に優しく揺さぶられて目を覚ました。

 用意された朝食を一緒に食べ終わると、彼女は夏希の体調を軽く診始めた。


 「のどの腫れは無さそう……熱も下がってる。これなら、いつでも帰れるね。」


 彼女から帰宅の許しが出たので、夏希は早く家に帰ろうとした。今夜には両親も帰ってくる予定なので、家にいなかったら大騒ぎになってしまう。


 「……それなら、途中まで案内するよ。ついてきて。」


 少女は、屋敷の外へ彼を(いざな)った。


 竹林の中を一直線に伸びる石畳の道を、2人連れ立って歩いていく。

 長い道の先には霧がかかっているように見え、先が全く見通せなかった。


 「あの霧の先が元の世界に繋がっているの。昨日の神社の境内に出られるよ。」


 普通の人は入るどころか、絶対に認識できないように厳重な結界をかけてるから、誰も気づかないの。ここに入った人間は、なつ君が最初なんだよ。

 彼女はそう話した。


 道の先を覆い隠す霧が、少し不気味ではあった。

 思えば、狐は古今東西で人間を騙す生き物として、よく寓話にも登場してくる。もしかしたら、彼女も……。


 だが、彼女が自分を騙そうとしているとは、夏希には到底思えなかった。昨日会ったばかりだったが、それでも、彼女が純粋で心優しい子であることは、何故か直感的に理解していたのだ。


 意を決して、一歩足を踏み出そうとしたその時である。


 「……ちょっとだけ、待って。」


 不意に彼女が、夏希のコートの右袖を掴んで引き留めた。


 「ちょっとくすぐったくするけど、ごめんね。」


 そう言って彼女は、夏希の右の手のひらに、自分の右手の人差し指で何かをなぞり始めた。

 なぞった軌跡は、ほのかに白く光ったかと思うと、すぐに消え去り、あとには何も残っていなかった。


 「……ここを見つけるための、おまじないをかけたんだ。これで、なつ君は結界を抜けて、いつでもここに来れるよ。」


 彼女は言った。


 ……なぜわざわざそんなことをするのか。

 夏希が訝しむと、彼女は遠慮がちにこう言った


 「……なつ君と……もっと一緒に居たいの……。」


 夏希は夕べに引き続き、目を潤ませて上目遣いをしてくる彼女に負け、控えめに頷いた。

 少女は、静かに微笑んだ。


 「……まだ、名前を言ってなかったね。私のことは、どうか『ふゆちゃん』って呼んでね。」


 少女は、いつの間にか手に持っていた小さな包みを、夏希の手に優しく握らせた。


 「また遊ぼ。いつでも、ここで待ってるよ。」


 そう言った次の瞬間、彼女の姿は霧に包まれ、見えなくなった。


 気が付くと、夏希は昨日倒れた神社の境内に立っていた。


 急いで境内の外へ出ると、そこには見慣れた新興住宅街の景色が広がっている。


 さっきまで見たものは、やはり夢だったのかもしれないと思いそうになるが、彼女に握らされた包みの感触が、それを強く否定してくる。


 中身を開けると、そこには一体いつ作ったのか、小さなカップケーキと、『メリークリスマス ふゆより』と書かれたカードが1枚入っていた。


 神社の神様が、キリスト教の行事を祝うのはどうだろうとも思ったが、彼はそれよりもカードに書かれた名前が気になった。


 『「ふゆ」より』


 彼女自身も、確かに去り際にそう名乗っていた。


 特に何の変哲もない、普通の名前だった。

 ただ、その名前の響きが、夏希にはどこか懐かしく感じられた。


 でも、一体どこで聞いた名前なのか。散々考えた。

 だが結局、彼が思い出すことはなかった

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