狩人の名簿
朝霧の村を出ると、平原の向こうに灰色の城塞が見えた。
街のギルド支部。厚い石壁に巨大なドラゴンの骸骨が飾られ、扉の上には燦然と《レンジャーズ・ギルド》の紋章が輝いている。
リオは緊張しながら、その重い扉を押し開けた。
――冷たい空気が肌を刺し、鉄と血の匂いが漂う。
内部は広く、高い天井に魔石のランプが灯り、壁には無数の狩猟槍・大弓・大剣が飾られていた。
耳に入るのは、硬質な鎧が擦れ合う音、魔法陣の微かな脈動、そして低く笑う男たちの声。
「……いらっしゃいませ」
カウンターの奥、受付に座る女性が微笑む。
透き通るような水色のローブ、魔法紋が浮かぶタブレットのような書類、耳元には魔石のピアスが煌めいていた。
――村の簡素な暮らしとは、あまりにもかけ離れた場所。
「登録、ですね? 討伐証を拝見します」
リオは討伐証を差し出す。彼女は目を通し、表情を少しだけ柔らかくした。
「獣咬獅を単独で討伐……お見事です。登録はこれで完了です。あなたの名が、レンジャーの名簿に刻まれました。」
カウンターの向こうから、ひときわ大きな影が近寄ってきた。
魔獣の骨を肩鎧にした筋骨隆々の男が、リオを上から見下ろす。
背には棘だらけの大剣、腰には魔法の鱗を編み込んだ鞘。
「……見習いのガキかと思ったら、ちゃんと獣咬獅を狩ったってな。見どころはあるな。頑張れよ!」
大剣の男は短く笑い、背を向けた。
その奥では、別のレンジャーたちも武具を磨いていた。
風の魔晶を仕込んだ長槍、血晶を散りばめた弓、背中まで伸びる黒いマントに銀の紋章を刻んだ剣士――。
彼らはそれぞれに異なる空気を放ちながらも、確かに一つの使命で繋がれていた。
リオはしばらく、その光景に目を奪われる。
自分も、いつか彼らのように。
受付嬢が書類を手渡す。そこには、自分の名前と、討伐した魔獣の名が刻まれていた。
「おめでとうございます。リオ様、これからあなたは正式にレンジャーとして、魔獣討伐や護衛、探索など、あらゆる任務を請け負うことができます」
リオは書類を胸に抱え、深く息をついた。
(……これが、俺の、始まりだ)
ホールの奥の掲示板には、既に次の任務がいくつも張り出されていた。
《古代城跡地での魔獣討伐》《深紅の峡谷での鉱石護送》《炎帝の影の目撃情報》――
その中でひときわ目を引いたのは、黒い紙に赤い文字で書かれた一枚。
《黒い竜の調査依頼》
リオは無意識にその紙を見つめ、拳を握りしめた。
あの日、村を焼き払った黒い影。あの咆哮と、赤い眼。
受付嬢の声が耳に届く。
「リオ様……ご無理はなさらずに。でも、もしあなたが望むなら、きっと、道はいつか必ず開けます!
そのために今は階樹をあげましょう!!」
リオはゆっくりと背を伸ばし、赤い紙から視線を外した。
「あぁ……まだ、俺には早い。けど、必ずいつか」
受付嬢は柔らかく頷き、魔晶のペンをカツリと置いた。
ギルドの扉を出ると、街の石畳の上に陽光が差していた。
リオは新しい登録証を握りしめ、長く深呼吸する。
――黒き竜よ。
待っていろ。