宴
村の入り口に、リオの影が差すや、待ちかまえていた村人たちは一度息を呑み、次の刹那、どっと声を上げた。
「リオだ! 無事か!」
「やったぞ、見習いが一人で仕留めたぞ!」
肩からぶら下げた狩猟袋が開かれ、獣咬獅の素材が、焚き火の赤に照らされて現れた瞬間、広場の空気がぴしりと張り詰めた。
生々しい血の匂いが漂い、誰もが思わず一歩引き、そのあと、ざわめきが爆ぜるように広がった。
「……うおおっ! バイレーヴェ!」
「でかいぞ!!...これを、一人で!? こんなもん、森の王じゃねえか!」
「見ろよこの爪! 俺の前腕くらいあるぞ!」
「牙も残ってやがる、こいつは高く売れるぞ……!」
「……一人で、あれを……」
その沈黙を破り、村長がゆっくりと歩み寄る。
深緑色のマントを羽織り、片足を引きずるようにしながらも、その歩みには不思議な威圧があった。
彼はかつて、レンジャーとして帝国の辺境を駆け抜け、百獣を狩り、戦場を潜り抜けてきた男だ。
その目は老いてなお、獣を射抜く鋼の光を宿していた。
リオの前で立ち止まり、無言でその毛皮に手を置くと、しばし目を閉じた。
そして、強く肩を叩いた。
「……よくやったな」
その声は低く、しかしよく響いた。
「おまえの弓と剣が、この村を救った。見事だ。俺の目から見ても、もう立派な狩人だ。」
リオは、思わず息を呑んだ。
この村長にそう言わせるのが、どれほどのことかを、村人たちは知っていた。
「……まだまだです。運が良かっただけですから……」
俯いて呟いたその頬が、うっすらと赤い。
だが、村長は口の端をわずかに上げると、マントの裾を払った。
「謙遜するところもヤツにそっくりだな。だが、運もまた、力のうちだ。いいか、リオ。恐怖に踏みとどまり、刃を振るった者だけが、この火を囲む資格がある。それを、今日おまえは証明した。」
村人たちは一斉に歓声を上げ、次々と肩を叩き、頭を撫でた。
「いやあ、たいしたもんだ!」
「おまえがいなきゃ村は終わってたぞ!」
「見習いとは思えん、堂々たる戦いぶり!」
「爪、見ろよ! まるで龍の爪みたいだ!いやーすげー。」
「これで家畜も外で安心して飼えるな!」
「お前の弓の腕、次は俺にも教えてくれ!」
「獣咬獅を倒したなんて、村の誇りだ!」
「酒でも飲みながら、戦いの話を聞かせてくれ!」
「これからは森を恐れず歩けるぞ!」
「次の狩りも任せたぜ!」
「村長!!俺は資格がないってか⁈」
「「「「「「「「「ガハハ」」」」」」」」」」
やがて誰かが酒樽を運び、広場の火が勢いを増し、宴が始まった。
果実酒の香りが漂い、肉が焼け、歌声が夜空に響く。
リオは勧められるまま席につき、差し出されたカップを受け取った。
村長が高らかに告げる。
「見習いのリオが、初めての狩りで獣咬獅を討った! この勇気を讃え、火を囲もう!」
「乾杯!」
声が重なり、火の粉が天に舞った。
リオはカップを傾け、火を見つめる。
胸の奥がまだ、ざわついていた。
頬をかすめた爪の痛み。剣が肉を裂いた感触。村長の視線が、剣より鋭く自分を見透かしたときの、あの緊張。
そんな彼の肩を、また誰かが叩く。
「立派だ。辛い中よく頑張ったな。」
「もう見習いじゃねえな...もっと強くなって村長も追い抜かせ!!」
「俺たちの誇りだ。」
「いやー、でけー爪だよなぁ。」
リオは、小さく笑った。
――この村が、好きだ。
この人たちを、守れるようになりたい。
夜は深まり、星が滲み、火はまだ燃えていた。
リオはひとり広場の隅で、空を仰いだ。
遠い星の合間に、あの日の黒い竜の影がちらりと見えた気がした。
――まだだ。あいつには、まだ届かない。
それでも胸の中で、そっと呟いた。
「俺は、ここからだ。」
そして、村長の視線が遠くから彼を射抜いていた。
まるで次の戦いに備えろ、と言うように。
リオはその視線に、わずかに頷いた。