第4話 詠唱は浪漫です
読んでくれてありがとう!
「では、見ていてください クロウ様」
緑色の髪をふわりと揺らしながら、エクシズは手を前に出した
真剣な眼差しと、年相応の幼さが混じるその横顔を、私は静かに見つめる
私の前にいるこの少女はエクシズ、ベルット王国の見習い魔導士
この世界のことを私に教えるため、そして何より、共に旅をする仲間として王から託された存在だ
「パージ!光砲」
その言葉と共に、エクシズの手から放たれたのは、空中に収束していく光の粒
一瞬でまぶしい光弾へと形を変え、木々の間にある的へと吸い込まれるように直進する
炸裂音と共に、標的は綺麗に吹き飛んだ
「お見事です」
私は思わず言葉を漏らした
そして同時に、内心で驚きが込み上げる
詠唱が無い
私がこれまで使ってきた魔法は、すべて詠唱ありきだった
中学時代に妄想していた、中二病全開の詠唱を現実にするためのスキル「思念具現化」
さらに、詠唱が長いほど魔法の威力・演出が増すスキル「魔奏顕律」を持つ私にとって、詠唱を使わない魔法というのはまさに常識の外
「この世界では、基本的に“パージ”の一言で魔法を起動します それぞれの術式は体に刻まれているか、杖や指輪に記録してあるので、詠唱は必要ないんです」
そうか……私のように詠唱を使って魔法を放つ存在はこの世界では珍しい
いえ、もしかすると異端かもしれない
エクシズは私の表情を見て、くすりと笑う
「あの時のクロウ様の魔法は、ものすごく派手で……なんだか、とても特別に感じました」
「……そうかもしれませんね けれど、今はそちらが“普通”で、私が“変わっている”ようです」
肩をすくめながらそう返すと、エクシズは小さく首を振った
「いえ クロウ様の魔法は、確かに異質ですが、かっこいいですよ!」
「……かっこいいですか?」
「はい かっこいいですよ、魔王軍と戦う時が来たなら……ああいう魔法で戦いたいです!」
その真っ直ぐな目を見て、私は思わず胸を突かれる
この世界の人々は、魔王軍という脅威に日々さらされている
私はただ、自分の黒歴史を再現するように魔法を使っていただけ
「……ありがとうございます エクシズ」
ふっと口元が緩む
そうだ こうして旅を続ける中で、自分の存在や魔法が誰かの力になるのなら
それは、思春期の私が夢見た“最強の魔法使い”という存在に近づく道なのかもしれない
「次は、クロウ様の魔法も見せてくださいませんか?私近くで見てみたいので」
「ええ 喜んで……ですが、少しだけ控えめにしておきますね 先日、撃ち過ぎて怒られましたから」
そう言うと、エクシズは微笑んだ
私はその笑顔に、ほんの少しだけ心があたたかくなるのを感じていた
「我が魂よ、炎の律に従い踊れ、重力と焦熱を合わせ持つ深淵の魔手よ、今ここに顕現せよ」
詠唱を終えると、私の掌に黒と赤の混ざり合った魔力が凝縮される それはまるで、世界の理そのものを捻じ曲げるような濁流だった
「重破火炎」
魔力が奔流となって大地を穿つ 重力の奔流に巻き込まれた地面が悲鳴を上げ、爆発的な熱と圧力が炸裂する 一瞬で小さな丘が吹き飛び、黒煙と砂塵が辺りを包んだ
「すごい…これがクロウ様の……」
すぐ近くで見ていたエクシズが目を見開いていた 緑の髪が風に揺れ、呆然としながらも目を輝かせている
「詠唱、かっこいい……」
その一言が思った以上に刺さった 私は思わず小さく咳払いをし、顔を逸らす
「ふ、ふむ まぁ……こんな感じです」
その後つい調子に乗ってしまい、次々と中二病全開の詠唱魔法を披露してしまった 《アーク・ヴォルテクス》《ヘルブレイズ・フォージ》《ノクターナル・ジャッジメント》……思いつく限りの魔法を詠唱し、放ち続けてしまった
「クロウ様……す、すごいですけど……ちょっと撃ちすぎじゃ…魔力消費大丈夫ですか…?」
エクシズが心配そうに私を見ていた だが、私は大丈夫だと手を振る 私の魔法は“スキル”で構成されているからだ
スキル『思念具現化』それに『魔奏顕律』の効果もある
詠唱が長いほど魔法の威力・演出・効果が増す だが、代償として魔力消費が激しくなる……はずだった だが私が生み出す魔法は、元々“想像”から具現化しているため、消費が極めて少ない
「大丈夫です これは“私専用”のようなものなので」
そう言って微笑んだ直後だった
「……クロウ様……今、空から何か来てます……!」
エクシズの声に私が空を見上げると、遠くの空に小さな点が浮かんでいた いや小さな点ではない 無数の影だった
「魔物……?」
次第にそれは明確な形を成していった ゴブリン、スケルトン、そしてスライム 異形の群れがこちらに向かって一直線に飛来してくる
どうやら、私の魔法が彼らの注意を引いてしまったようだ
「やってしまいましたか……」
私は額に手を当て、深く息をついた
「……来たれ、冥き深淵の門──我が意思に応じ、闇の律動を響かせよ」
私の詠唱が終わると同時に、空に浮かぶ無数の魔法陣が出現した
黒と紅に染まるそれはまるで夜空に浮かぶ魔眼のようだった
「照らせ、裁きの光──滅びを刻め……」
詠唱の最後の言葉とともに、私は魔法の名を告げる
「葬光陣」
光が走った
天空の魔法陣から放たれたのは、無数の黒い光線
それは光というより、闇が一点に集中したような密度のある“線”だった
地上に雨のように降り注ぎ、魔物たちを片っ端から撃ち抜いていく
ゴブリンが一瞬で塵となり
スライムが蒸発し
スケルトンが光に溶け、骨すら残さず消えていった
爆風や炎ではない
ただ、光だけが支配する沈黙の破壊だった
「クロウ様……っ、今です!」
背後からエクシズの声が届く
彼女は両手を広げ、気合と共に叫ぶ
「パージ! 雷轟壁!」
展開された雷の障壁が、脇から回り込んでくる魔物たちを次々に迎撃する
バリバリと弾ける稲妻が、地を這うように走り、魔物たちを麻痺させて吹き飛ばす
「素晴らしい援護です エクシズさん」
「はいっ! でも……クロウ様の魔法、あんなの……見たことない……」
彼女は目を丸くして、私の放った魔法陣を見上げていた
戦場は、数分のうちに静寂へと戻っていた
地には敵の残骸すら残らない
風が吹いている
「……やりすぎた、かもしれません」
私は静かに息を吐いた
戦いの後の夜は、ひどく静かだった
風が草原を撫で、星が空を埋めている
焚き火のぱちぱちという音が、空気のすべてを支配していた
私は地面に簡易的な布を敷き、エクシズが持ってきた鍋を火にかける
この世界にも、野菜や肉に近い素材はいくつかあった
適当に組み合わせ、塩気の代わりになりそうな岩塩を削って──
「……な、なんですかこの匂いっ」
エクシズが、目をきらきらさせながら私の隣に座り込んできた
いつのまにか彼女の目は、焚き火ではなく鍋の中に釘付けだ
「試しに作ってみたのです 素材の正体はよく分かりませんが、組み合わせでどうにかなりました」
「ちょっと、どころじゃない匂いしてますよこれ……もう、信じられないくらい、う、うまそう……っ!」
煮込まれたスープは琥珀色に澄み、鶏肉に似た肉は柔らかく、箸を入れるとほろりと崩れた
私は取り皿に盛り、まずは彼女に手渡す
「どうぞ、お口に合えばいいのですが」
「い、いただきますっ!」
ひとくち──
「……っ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
彼女の背筋がビクッと震え、スプーンを握る手が止まる
目が見開かれ、瞬きも忘れたような表情のまま、呆然と私を見る
「これ……これ、なんですか……!? な、なんでこんなに……こんなにおいしいの……!?」
「正直、私にも分かりません 味のバランスは、たまたま……いえ、多少は料理の心得があったので」
「これ、お店で出したら大行列どころじゃないです……! 私、一生これで生きていけるかも……!」
彼女は半泣きになりながら、黙々と食べ続けた
その様子に、私はふと、かつての部下たちを思い出す
──そうだ
会社で鍋を振るった時、彼らもこんな顔をしていたな
「懐かしいな……」
「ん?」
「いえ、昔の話です」
スプーンを持ったまま、エクシズがこちらをじっと見ていた
焚き火に照らされたその瞳が、まるで星のように澄んでいて
「クロウ様……あなた、本当にどこから来たんですか?」
私はその問いに答えず、代わりに小さく笑った
「私がどこから来たかよりも、次はどこへ向かうかのほうが、今は大事です」
「……ふふっ、ずるい言い方ですね」
「ありがとうございます、エクシズ」
まぁハイゼルさんみたいに異世界から来たと言っても信じてくれないでしょう
焚き火がはぜ、スープの香りが再び立ち上る
草原の夜は深まり、静けさの中に、どこか温かさがあった
また読んでね!