第9話 混みすぎ電車で急接近!?
「恋愛ってなんかじれったいよね」
喋る話題は沢山あるが、自然と午前中に観たアニメ映画の話になった。オムライスを食べながら喋った時は、ほとんど私と浦部くんが口を挟む余裕もないぐらい真凛と黒崎ちゃんのふたりが怒涛のマシンガントークを炸裂させてたからね。
作中では主人公とヒロインが本当は両想いなのに素直になれずにもう何十年もつかず離れずの両片想いを繰り返しており、そこに可愛くてお金持ちの当て馬ヒロインと頭がよくてお金持ちの当て馬イケメンが絡んできて複雑な四角関係を描いている。
映画では毎度急接近するのがお約束だけど、結局最後は主人公もヒロインも素直になれずに告白という一線は絶対越えない。そんな関係が私たちが生まれるずっと前からずっと続いているらしく、原作漫画の連載が終了するまでくっ付かないだろう、というのがファンの見解らしい。
中にはふたりの恋の結末を見届けることなく死んじゃいそうなお爺ちゃんお婆ちゃんのファンもいるとか。長寿番組のファンは大変だなあ。その点恋愛映画ならどんだけ長くても2時間か3時間以内に告白か結婚か死別まで行くからコンパクトでいい。
「好きなら好きってさっさと言えばいいのに」
「それだとすぐ終わっちゃうじゃん?」
「それはそうなんだけどさあ。度が過ぎると観ててイライラしてくるっていうか。あんだけ露骨に好き好きオーラ出してるんだから気付けよ! って思っちゃう」
「ふゆきっちゃんがそれ言っちゃう? いやまあ、告ってOKもらえるまでには時間がかかるもんよ」
「真凛や黒崎ちゃんが言うところの好感度が足りてない状態って奴?」
「そそ。付き合ってからがスタート地点の男もいれば、付き合うのがゴール地点の男もいるからさ。好きでもない男にいきなり告白されたら迷惑なだけだけど、ちょっと好きかも、な男に告白されたら試しに付き合ってみてもいいかもって思わない?」
「確かに。だからみんな告白するまであんな時間かけるのかー。なんか一気に納得した」
「逆に関係が長引けば長引くほど逆に告れなくなったりすることもあるけどね」
「告白して振られて気まずくなるぐらいなら、波風立てず友達のままでいた方がいいって奴? その手の展開もお約束だよねー」
「たとえば俺がふゆきっちゃんのこと好きだとするじゃん?」
浦部くんの顔が急に真剣なものになる。
「でも俺が告白して振られたら、ふゆきっちゃん気まずいっしょ。羽柴っちも黒崎っちもたぶん俺よりふゆきっちゃんを取るだろうし。それだと俺、今度こそぼっちになっちゃう」
「それは切実だ!」
「ぼっちになってもいい! 好きだー! って気持ちが抑えられなくなるのが恋愛の醍醐味でもあるんだけどね。恋っていいもんよ? 辛くとも楽しいし。やり方間違えると地獄だけど」
「なんか恋愛のプロみたいなこと言うじゃん」
「こちとら小学生の頃から恋多き男だからね! 初恋の先生にガチ恋して本気の告白して玉砕してマジ泣きするような男だったし」
「そりゃ振られるよ。大人が小学生と付き合ったら犯罪だもん」
浦部くんと話してて、なんとなくわかったことがある。私はたぶん、本気の恋をしたことがないのだ。誰かを本気で好きになったことがないから、恋愛がよくわからない。というか、紅さんが邪魔するせいで異性と深い仲になった経験がない。
一目惚れというのもよくわからない。顔だけなら最上級の幼馴染みの腐れ縁に昔から付き纏われている弊害だろうか。
「おっと! ごめんふゆきっちゃん」
「別にいいよ。混んでるもん」
ゴールデンウィークの満員電車は大変混雑している。降りた以上に客が乗ってきたせいで電車内はさらにぎゅうぎゅう詰めになってしまい、私は浦部くんに壁ドンならぬ知らないおっさんの背中ドンされる羽目になった。
私が押し潰されないように頑張って踏ん張って壁になってくれてるのがわかったので、多少押し潰されようとも嫌な顔はせずお礼を言う。
あ、浦部くんの心臓の音が聴こえる。なんかメッチャドキドキしてるけどやっぱ同級生の女の子と密着するのは男子高校生的には恥ずかしいのかな。浦部くんを見上げると、ふいと赤くなった顔を逸らされてしまった。
イケメンがやれば画になるかもだけど、褐色ガチムチ男子がやってもあんまサマにならない。でも、不思議とそれが可愛らしく思えた。
もし浦部くんが私のこと好きだったら、か。考えてみると、それも悪くないんじゃないかと思う。浦部くんいい奴だし、旦那にするならこういう人がいいかも。
私はラーメン屋の一人娘だから、将来的にはお婿さんをもらってうちの店を継いでもらって、みたいな考えが漠然とないわけじゃないけど。
でもだからって、高校の時の彼氏と結婚するなんて話は早々滅多にあるもんじゃない。大体みんな大学生や社会人になったら別の彼氏を見付けてそっちとくっつくもんだ。
高校生になると、結婚に憧れる女子も出てくる。高校卒業と同時に金持ちイケメンと結婚、なんて少女漫画みたいな展開に憧れる子もいる。
私はどうだろう。将来とか、進路とか。真剣に考えたことなかったかも。
「ね、浦部くんは将来消防士になるのが夢なんだよね?」
「あ、ああ。そのために高校卒業したら消防大に進学するつもりだけど」
陸上をやってるのも体力作りのためだという。瞬発力や持久力、肺活量を鍛えるために選んだらしい。
「おんなじ高1なのにもう将来の夢があって、それに向かって努力できるってすごいなあ。私なんか、全然なんにも考えてないよ」
「べ、別にいいんじゃねえの? やりたいことないからとりあえず大学に行く、ってのも今時普通っしょ」
電車が揺れる。彼の体温や筋肉の感触が、なんだか妙に鮮明に感じられる。浦部くんの心臓のドキドキがどんどん大きくなっていく。彼の鼓動につられるみたいに、なんだか私の心臓もドキドキし始めていた。




