第4話 別に好きじゃないから!
「ふーちゃんって浦部のこと好きなの?」
「は? 店に入ってくるなりいきなり何?」
「質問に答えてよ。どうなの?」
「私が誰と仲よくしようとそれが紅さんに関係あんの?」
「あらあら、炎星くんたらやきもち?」
「気持ち悪いこと言わないでよお母さん。真剣にやめて。紅さんも、食券買わないなら営業妨害。お客さんや店員さんにウザ絡みするなら出禁だからね」
紅さんは学校だと私のことをふこうちゃん、ふこうちゃんと呼んでからかうが、私や自分の両親の前だと私のことをふーちゃんと呼ぶ。さすがに相手の親御さんの前で娘さんを不幸ちゃん呼ばわりするのはただのバカだからだろう。
「いらっしゃい炎星くん。ごめんなさいね、二幸ったらほんと素直じゃなくて」
「こんにちは素子さん。大丈夫ですよ、慣れてますから」
うちの母は紅さんに甘い。笑えるぐらい甘い。母親が娘のイケメン同級生に黄色い歓声上げるのはどうかと思うが、昔から要領とアイドル並みの顔だけは無駄にいいので無理もあるまい。
あ、声もよかった。中学の時カラオケ大会でラブソング熱唱して優勝してたもんな。私は失笑してたけど。昔っから何故か相手の嫌がることを嬉々としてするようなこいつに好かれた女の子は可哀想だなと思う。
或いは好きになった女の子には優しいのかもしれないが、相手によって露骨に態度を変えるような男だったらますます救いようがない。自分にだけは優しい男と誰にでも優しい男。私だったら絶対後者を選ぶ。
「お父さん、私そろそろ上がらせてもらうから」
「ああ」
「あらまあ、二幸ったら炎星くんが来たからって照れちゃって」
「照れてませんが?」
露骨に嫌な顔をしても母には通じないらしい。恋愛ドラマの見過ぎだ。
紅さん意地悪だからマジで嫌い、と小学生の頃から何度も奴の悪事を告発してきたが、何を言っても『男の子は好きな子にはつい意地悪しちゃうものなのよ』の一言で切り捨てられてしまっては相手にする気も失せる。
あいつが私に惚れる要素はないし、そもそも好きな子には親切にすべきだろう。相手の嫌がることを繰り返せば好感度は下がって当前。既にゼロを突き抜けてマイナス方面にグングン伸び続けている。
タイムカードを押してバイトを早めに切り上げても文句を言わないお父さんの気遣いが今はありがたかった。角刈り糸目といういかにも頑固親父って感じだけど、実際には全然そんなことない温厚な父は、普段無口なので余計なことは言わない。
といっても寡黙な頑固職人なのではなくただ口下手なだけだ。人付き合いも超苦手。
それでよく接客業の自営業など始めようと思ったな、と感心してしまうがそこは人一倍やかましくてお喋り好きの母がいるため夫婦二人三脚で互いを補っているからうちの両親はそれでいいのだろう。今は私もお小遣い稼ぎのために店を手伝ってるしね。
『ふゆきっちゃんって紅っちと付き合ってるん?』
店の奥で店の制服から私服に着替えていると、浦部くんからメッセが入ってた。インフルエンザで休んでる間にできあがってたクラスのメッセグループを教えてもらう際に個別に連絡先を交換したのだ。教えて困るもんじゃないし別にいいかなって。
『は? 冗談じゃありませんが?』
『即答!? しかも敬語!?』
『紅さんと付き合うぐらいなら浦部くんと付き合った方がマシ』
『マジマジ!? 俺たち付き合っちゃう!?』
『真凛や黒崎さんにまで見境なく声かけるような浮気性の男はちょっと』
『俺付き合ったらガチで一途だよ! 浮気とか不倫とか絶対しないし!』
猫が失笑するスタンプを押すと、有名なカップ麺のマスコットキャラが泣いてるスタンプが返ってきた。実際付き合うとなると浦部くんはそんなに悪くない方だとは思う。明るいし空気読めるし。
ちょっとガチムチ体育会系だけどよわよわな貧弱モヤシ系男子よりは頼り甲斐があっていいと思う。ちなみにうちのトッピングにモヤシはない。割る前の割り箸よりもぶっといメンマとチャーシューと海苔と半熟煮卵オンリーだ。
『浦部くん、節操なしのチャラ男なんで気を付けた方がいいですよ。女なら誰でもいいタイプの見境なしなんで』
『そうなの? いい子に見えたけど。人は見かけによらないわねえ』
『ふーちゃんは俺が守るんで安心してください』
『頼りになるわあ。ふつつかな娘だけど、よろしくお願いね炎星くん』