第3話 浦部くん来店!
横浜家系ラーメン二幸は知る人ぞ知る隠れた名店である。つまりはそんなに大行列ができるほどの人気店ではないのだが、リピーターが多くそれなりに繁盛している。店が潰れると家族が路頭に迷うのでありがたい限りだ。
子供の頃は実家が飲食店とか親が子供の前で客商売してるとか2階にある住居スペースにまで豚骨の臭いが漂ってくるとか色々嫌だなあと思う気持ちもあったけれど、今はそんなでもない。
むしろコロナ禍で潰れることもなく今でも営業を続けられているのはひとえに常連のお客さんたちのお陰であり、もし店が潰れていたら私も高校に通ってる場合じゃなかっただろう。行くにしても学費が格安の市営の定時制高校とか単位制高校になってたと思う。
「こんちわ! 食べに来たよふゆきっちゃん!」
「ほんとに来てくれたんだ! 嬉しい! いらっしゃいませ! あちらで食券をどうぞ!」
「オススメは?」
「全部のせかなあ。もしくはチャーシューメンにチャーシュートッピング」
「さすがにそれは過積載じゃない!?」
「騙されたと思って。うちのチャーシューマジでトロトロで美味いよ。お箸で持ち上げようとするとホロホロに崩れちゃう時もあるぐらい」
「じゃあふゆきっちゃんを信じてチャーシューメンのチャーシュートッピング! あと味玉にライスね!」
「オッケー! お好きな席に座ってお待ちください!」
黒崎さんと一緒ではなかったが浦部くんが本当に食べに来てくれた。学校からうちの店の最寄り駅までは電車で数駅とはいえ電車賃だってかかるのにありがたい。店のことを教えた甲斐があったな。
思春期の中学生に家族で食べに来てとはなかなか言いづらいが、高校生ならバイト代握り締めて食べに来てと堂々と言える。
不景気のせいで小麦も卵もお米も高騰してあれもこれも値上がり続き。うちのラーメンも微妙に値上げを余儀なくされたがそれでも通ってくれる常連さんのためにあまり不義理な真似はしたくない、でも材料費が! と両親は常に頭を悩ませている。
「高校の友達か?」
「そう。浦部くんっていうの。優しくていい子だよ」
「あんた炎星くんがいるのに浮気はよくないんじゃない?」
「紅さんとはそういう関係じゃないからそういうのやめてって何度も言ってるじゃん」
うちの母はどうにも紅さんと私をくっつけたがって困る。というか紅さんちのおばさんも私のことを息子の彼女同然に扱うのだが別に私と紅さんは幼馴染みの腐れ縁というだけでカップルでもアベックでもなんでもない。
あれと付き合うぐらいなら浦部くんの方が100倍マシだ。少なくとも彼は他の男子みたくクラスのリーダー的存在である紅さんが放つ同調圧力に屈して私をふこうちゃんなんて呼ばないもん
「チャーシューメンのチャーシュー&味玉のせとライスお待たせしましたー。折角来てくれたからお礼にライス大盛りにサービスしといたから!」
「マジかよ! センキューふゆきっちゃん! いただきます!」
土曜日の店内はそこそこ混雑しているが並ばないといけない程でもない。たまにお待ちいただくこともあるが回転率はいい方だ。カウンター席に座った浦部くんにラーメンを運ぶと、彼は一口食べて目を輝かせた。
「うま! これマジで美味いよ!」
「ほんと? ありがと!」
最初に麺をちょっと食べて、スープを味わい、それからおろしニンニクを投入する。横浜家系におろしニンニクは欠かせない、というのがうちの父のこだわりだ。
あまり入れすぎるとお腹を壊したり口臭や体臭が酷いことになるのだが、浦部くんは遠慮なく大さじ2杯のおろしニンニクを投下した。
「はあ、マジで美味かった! 御馳走様でした!」
「よければまた来てね」
「おう! またひとっ走り食べに来るよ!」
「走……駅から走ってきたの?」
「違うよ。うちから走ってきた! 俺陸上部だからさ! 数駅ぐらいなら余裕で走れちゃうんだなあこれが!」
「まさか走って帰るなんて言わないよね!?」
「さすがに食ったばっかじゃ無理だよ。のんびりウォーキングで帰る」
「それはそれですごいね運動部!?」
「あれ? 浦部じゃん」
「げ、紅さん」
「よっす! 紅っちも昼飯?」
店の前まで出て口がニンニク臭くなった浦部くんを見送っていると、紅さんが現れた。まあ、家が近所だからね。用がなくても頻繁にエンカウントするから。
ちなみに紅さんはラーメンには絶対ニンニクを入れない派で、浦部くんのニンニク口臭に露骨に顔を顰める。浦部くんもそれに気付いたのか、手で口をふさいだ。
「何? いつの間に実家の場所教えたの?」
「店の場所教えなきゃ食べに来てもらえないじゃないですか」
「すげー美味かったぜ!」
「ありがとう! あ、私そろそろ仕事に戻らないと! 今日は遠いとこ来てくれて本当にありがとね浦部くん!」
「頑張れよー!」
折角の土曜に紅さんと顔合わせてるのも嫌なのでそそくさと店内に戻る。が、その後普通に店内に入ってこられたので無駄だった。ふゆきちしょんぼり。
『悪いけどふーちゃんは10年前から俺の本命だからさ。俺のふーちゃんに近付かないでくれる?』
『いや、俺は別にそういうつもりじゃなくて』
『じゃあどういうつもり?』
『あー、電車の時間があるから俺そろそろ行くわ! またな紅っち!』




