第21話 浦部くんの夢は消防士!
それは私の16歳の誕生日のことだった。夜は家族でお祝いするからと、昼間羽鳥くんとデートして。楽しくて。幸せだった。
「何? 火事?」
たとえば電車が1本早いか遅いかしていれば。駅前のコンビニに寄っていれば。家まで送ってもらうんじゃなく、駅の改札前でバイバイしていれば。
あの火事には遭遇しなかっただろう。
「誰か助けてお願い! お父さんが! 寝たきりのお父さんが! 私ひとりじゃ動かせないの!」
民家で発生した火災は、あっという間に燃え上がって。でもまだ消防車のサイレンの音は聞こえてこなくて。火事だ火事だと野次馬が集まってきて。
燃え盛る家の前で半狂乱になって泣き喚くお婆さんが必死に助けを求めるけど、まあ助からないだろう。可哀想だけど。だって燃えてるんだもん、家が。
「羽鳥くん!?」
「お婆さん、お爺さんは家のどの部分にいますか?」
「え!?」
「早く!」
「い、1階の! 入ってすぐ左の部屋のベッドに!」
「無茶だよ羽鳥くん! 死んじゃうよ!」
羽鳥くんは素早く周囲を見回すと、近くの家の庭に水道とホースがあるのを見付け、一目散にそちらに向かって走っていった。頭からバシャバシャと水をかぶり、全身びしょ濡れになる。それから濡らしたハンカチを顔に巻くと、引き留める私を振り切った。
「消防士になるのが夢なのはいいけど! 今の羽鳥くんは消防士でもなんでもないただの高校生なんだよ!? 死んじゃうよ!」
「ごめんふゆきっちゃん! 今ここで見捨てたら俺きっと一生後悔すると思う!」
「すればいいじゃん! ふたりで一緒に一生後悔しようよ! 無理なもんは無理だよ! 危ないよ! お願いだから行かないで!」
「ごめん!」
「羽鳥くうううううん!」
「おい! 誰か中に飛び込んだぞ!」
「バカだろ! 死ぬぞ!」
スマホ片手に動画や写真を撮影している野次馬が騒ぎ始める。どうしようどうしようどうしよう。私も後に続くべきだろうか。
遠くからかすかに消防車や救急車のサイレンが聴こえてくる。遅いんだよ! と怒鳴り付けてやりたいが、そんなのはただのやつあたりだってわかってた。
「羽鳥くんのバカああああ!」
赤の他人を助けるために死ぬかもしれない。立派かもしれないが、一介の高校生がそれをやるのはただの無謀なバカだ。
お願い羽鳥くん。お願いだから死なないで。私にできることはと言えば、ただ祈るだけだった。なんて無力なんだろう。
「うおおおおおお!」
永遠にも感じられる待ち時間の中、ガシャーン! と1階の窓ガラスを突き破って。火のついた布団を抱えた羽鳥くんが飛び出してきた。
「羽鳥くん!」
「水! 消火!」
羽鳥くんは火のついた布団を抱えたまま近くの家の水道まで走っていくと、大量の水を布団にかけて、それから自分も頭から水を浴びた。大勢の野次馬がそちらにスマホを向ける。
「お父さん!?」
水浸しになった布団の中から出てきたのは、グッタリとしたお爺さんだった。
「呼吸や脈はありますが、二酸化炭素や煙を吸引した可能性があります。救急車が到着したらすぐに搬送しないと」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
お婆さんが泣きながら羽鳥くんに感謝する。火災はより燃え上がり、遂には民家が崩落し始めた。
「すみません! すみませえええん! 火災に巻き込まれた怪我人がいまあああす!」
ようやく消防車と救急車が駆け付けてきて、羽鳥くんが大声で救急隊員に声をかけに行く。
なんでだろう。すごくかっこいいはずなのに。英雄的行動のはずなのに。今の私は羽鳥くんの命が助かった喜びより安堵より涙より、怒りを感じてしまうのは。




