第18話 ふゆきちだって喧嘩上等!
「それにしても紅の髪色すげえな」
うちの学校には給食も購買部もない。そのため生徒は弁当持参が基本だ。忘れた時は昼休みに外出許可をもらい、教師の引率で学校の近所にある弁当屋に弁当を買いに行くしかない。
弁当として持参したコンビニのおにぎりをかじりながら、羽鳥くんが紅の燃えるようなオレンジ頭について言及する。ちなみに当たり前だが当人たちは教室にいない。1軍カースト軍団はいつも中庭で弁当を食べているようだ。
「バスケ部員なら赤髪でもゆるされるのでは?」
「蜜柑、漫画の読み過ぎ」
「あ、その漫画知ってる!」
「羽鳥くんは短髪だから染められなさそうだよね」
「俺もほんとはお洒落な髪型にしたいんだけどなあ!」
1軍カースト軍団はボス猿の帰還に満足したようで、いったんはこちらへの矛先を外したようだが一切事情を語ろうとしない紅にそのうち焦れてまたこちらを問い詰めにくるかもしれない。
しばらくは独りで出歩かない方がいいよ、と校内にいる間は真凛が私の傍にずっといてくれることになった。本当に親友様様である。真凛がいなかったら私の人生どうなってたか想像するだけでおそろしい。
何か恩返しを、と思うのだが、何がいいだろうか。私はあまり贈り物のセンスがないので、本人に何がいいか尋ねるのが一番いいかもしれない。
最初のピリピリギスギスした気まずいムードもしばらくするとみんな慣れていった。私が羽鳥くんと付き合ってるのが伝わったので、そのせいもあったのかもしれない。
クラス内では紅が私に振られてヤケになったとか、長馴染みを羽鳥くんに寝取られて脳破壊されたとか、そういう無責任な噂が面白おかしく飛び交っているが本当のことがバレるぐらいならそっちの方がまだマシだと思う。
「は!? これは反省したら頭を丸めて坊主になるフラグなのでは!?」
「その話はもういいって!」
私が紅に何をされたのかを言いふらさなかったためか、紅も何があったのかをクラスのみんなに言うことはなかった。というか、言ったらただのバカだろう。
上位カースト軍団は露骨に私と何かあったのを察したみたいだけど、真凛が睨みを利かせてくれてるお陰で学校内で問い詰められることはなかった。のだが。
「ちょっと顔貸してくんない?」
「げ」
放課後。羽鳥くんは陸上部。私はその時々で練習が終わるまで待ってたり先に帰ったりする。真凛や黒崎ちゃんと別れて電車に乗り、自宅の最寄り駅についた途端、駅のホームで背後からいきなり腕を掴まれた。
誰かと思えば坂東だ。取り巻きの仲間たちもいる。どうして女子というのはこうも徒党を組んで群れたがるのだろうか。と真凛の群れに入れてもらってる私が言えた義理ではない。
「防犯ブザー鳴らして悲鳴を上げてあげようか?」
「こっちは真剣な話してるんだけど」
「真剣に袋叩きにしに来たわけ?」
「あんたいい加減にしなよ! あんたのせいで炎星がどんだけ傷付いたかわかってんの!? こっちは炎星のこと真剣に心配してんの!」
「いきなり強姦未遂されそうになった私の方が傷付いとるわ!」
強姦未遂、という言葉に驚いた顔の坂東が私の手首を放す。ホームで次の電車を待ってる人たちも何事かとこちらを見てくる。誰か駅員さん呼んでくんないかな。
「は? 何それ被害妄想?」
「呼んだわけでもないのに勝手に私の部屋で待ち伏せして、別に付き合ってるわけでもないのにいきなり浦部とデートしたんだろって因縁つけられてベッドに押し倒されて無理矢理キスされそうになった。ほっといたらその先までされてたと思う。騒ぎを聞き付けたお父さんが駆け付けてきてくれるまでどんだけこわくて気持ち悪かったかあんたに想像できる? それとも坂東さんは紅にそういうことされたら嬉しいって喜ぶのかな?」
「ッ!」
かっとなって赤くなるが、振り上げた拳が私にぶつけられることはなかった。坂東の取り巻きたちも思わぬ展開にオロオロし始める。
「ハッキリ言っとくけど。私マジで紅のこと大嫌いだから。紅の味方してる奴らも嫌い。小学生の頃からずっと嫌いだった。人前では優しい優等生ぶってるけど、裏じゃただのイジメっ子だから」
「それは、炎星があんたのこと好きだから特別扱いしてるだけで」
「また? もう聞き飽きたよそれ。それが気持ち悪いんだよ。なんでみんなあいつのことそうやって擁護するの? 好きだったら何してもいいわけ? 私あいつにイジメられたこと一生忘れないし、いきなり襲われたことだって一生忘れられそうにないからね?」
いい加減にしろよ、と私は羽鳥くんにもらった猫の防犯ブザーに手をかける。鞄の外側につけてあるからいつでも鳴らせて便利。
「なんで私も紅もだんまりだったかわかって気が済んだ? 坂東さんが紅のこと好きなのは勝手だけど、私が好きなのは羽鳥くんだから。二度と私たちを巻き込まないで。次やったらゆるさないから」
「ッ!」
「行こうよ、白雪」
坂東は取り巻きに促され、こちらを睨み付けながら引いていった。ふう、とため息を吐き、そこで初めて周囲の通行人が見世物でも見るように遠巻きにこっちを見てることに気付く。中にはスマホを構えてる者もいた。
「最悪!」
睨み付けてやると、みんなそそくさと目を逸らした。そこのスマホ構えてた奴! 顔覚えたからネットで拡散されたら恨んでやるからな!