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第1話 ふこうちゃんって呼ばないで!

 父が亡くなったのは私の誕生日だった。消防士だった父は非番の日でも大きな火災が起きれば緊急出動せねばならない。行かないで、と泣く私と私を抱きかかえる母を置いて父は出動し、そのまま二度と帰らぬ人となった。家族を置いて赤の他人を助けるために死んだのだ。だから私は絶対に、消防士とだけは結婚しないと決めた。


 とまあ、そんな過去でもあればドラマチックだったのだろうが。幸いうちの両親は自営業で、今日も元気にラーメンを作っている。


 横浜家系ラーメン二幸(ふゆき)。私はその看板娘で、今日から高校生になる。


 家から電車で通える距離にある高校を選んだのは、私の学力でも受かりそうだからで特に深い理由はない。高校なんてとりあえず行っときゃいいんだよ! ぐらいのノリで生きてる私は、二度とない貴重な青春を無駄に浪費しているのだろうか。


「東中出身! 浦部(うらべ)羽鳥(はとり)です! 将来の夢は消防士で、高校卒業後は消防大に進む予定! 好きなものはラーメンと可愛い女の子! バラ色の青春送りたいんで、よろしくお願いしまっす!」


 でもいいんだ。ドラマチックな人生なんてものは、きっとすごく疲れる。ドラマ性なんてなくていい。平凡でありふれた、退屈でつまらない日常でいい。だから私は、自分がごく普通の高校生であることを誇りに思う。


 そんな後ろ向きなんだか前向きなんだかよくわかんないことをツツウラウラと考えてしまったのは、自己紹介をするクラスメイトがあまりに大きかったからだ。


 高校1年生なのに身長185cmぐらいあるだろうか。柔道部か何かかな? ってぐらい縦にも横にも前にも後ろにも大きくて、声も大きい。


 頭にタオルを巻けばラーメン屋の大将になれそうな貫禄があるな、と思ってしまうのはうちがラーメン屋だからだろうか。日焼けしてるのか地黒なのか春なのに褐色肌で、はちきれんばかりの制服が窮屈そうだ。


服部(はっとり)二幸(ふゆき)です。二つの幸せって書いてふゆき。ふゆきちって呼んでください」


「なーにがふゆきちだよ。中学時代のあだ名、ふこうちゃんだったくせに」


「ちょ!? 余計なこと言わないでください!」


 私の自己紹介に余計な茶々入れて笑いを取ってる彼は(くれない)炎星(フレア)。イケメンだからって調子に乗ってる嫌味なバスケ部員で、幼稚園からの腐れ縁。


 本当はバスケ推薦でもっといい高校に通えたのに、家から近いからという理由でこの高校を選んだ怠け者だ。大人の前では優等生ぶってるくせに、正体は意地悪ないじめっ子。


 私の小中学校時代からのあだ名がふこうちゃんになったのもこいつのせい。


 あーあ、ようやく別の学校に行けると思ってたのについてない。


「まさかまたふこうちゃんと同じクラスになるとはね?」


「ほんといい迷惑です!」


「俺は嬉しいよ?」


「私は嬉しくありません!」


 私はこいつが苦手だ。すぐちょっかいかけてくるし、ふこうと呼ぶな! と小学生の頃から言い続けているのに未だにあてつけのようにふこうちゃんと呼んでくる。そりゃあ、確かに私は不運不幸(ついてない)かもしれない。


 だが一番の不幸は、紅さんという意地悪ないじめっ子を幼馴染みに持ってしまったことだと思う。ふこうちゃんに近付くとふこうがうつるーなんて、そんな風にからかわれ続けた小中学生時代。


 私がメンタル弱めの女子だったらそれだけで不登校とかになってたと思う。


「ね! ね! 紅くんと服部さんって付き合ってるの?」


「付き合ってません! 家が近所なだけです!」


「それって幼馴染みって奴?」


「どちらかというと腐れ縁です! 早く腐り落ちてほしいぐらいです!」


「酷いなあ。何もそんなに嫌がることなくない?」


「自分の! 行いを! 省みろこの野郎!」


 ほらこれだ。紅さんは性格は悪いが無駄に顔がいい。なので当然モテる。紅狙いの女子たちが早速私に探りを入れてくるので、中学の頃からのお決まりで返す。


 昔っからクラスの中心人物で、大人相手に優等生の仮面をかぶるのだけは抜群に上手いから周囲の人間はみんな彼の味方になってしまう。憎まれっ子世にはばかるとはまさにこのことだろう。


 何故幼馴染みなのに苗字+さん付けなのかって? 名前で呼びたくないし、呼び捨てにしあう間柄とも思われたくないからだよ!


「いいなあ幼馴染み! 俺も可愛い幼馴染みが欲しかったなあ!」


 首を突っ込んできたのは確か浦部と言ったか。さっき消防士がどうのこうのと言ってたガチムチ男子。


 いかにも体育会系な彼は露骨に私に気のあるようなそぶりを見せているがたぶん可愛い女の子なら誰でもいいのだろう。そういう顔をしている。


「やめといた方がいいよ。ふこうちゃん、中身は全然可愛げないから」


「誰の! せいだと!」


 いや、よそう。高校生になってまで中学の時みたいにこいつとの夫婦漫才(そう言われるのが死ぬほど嫌)に付き合ってやる義理はない。


 折角高校デビューするんだ。紅のせいで半分失敗してるような気もするけど、私だってバラ色の青春を送りたい!

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