コンセント
オフィスの蛍光灯が消え、最後のデスクライトも消えた。
残るは私だけ。
終わらない仕事に追われ、また深夜までの残業だった。
大学を卒業してもう五年近く。
少しずつ負担が積み重なっている気がした。
「やっと終わった…。」
パソコンの電源を落とし、椅子から立ち上がる。
背筋がバキバキと鳴り、目の奥が疲労で重い。
時計を見れば午前零時を回っている。
帰りの電車は大丈夫だろうか。
荷物をまとめ、オフィスを後にする。
夜の街は冷たく、人通りも少ない。
地下鉄の最終電車に何とか乗ることが出来た。
そして、揺られること二十分。
うとうとしながらも、自分の駅を通り過ぎないよう気を張る。
アパートに到着したのは、午前一時を過ぎていた。
閑静な住宅街に建つ古いアパート。
家賃は安いが、設備は十分とは言えない。
鍵を開け、狭い玄関に足を踏み入れる。
「ただいまー。」
誰もいない部屋に呟く。
返事はない。
一人暮らしも十年近く。
この寂しさにも慣れたはずだった。
部屋の明かりをつけ、荷物を適当に置く。
冷蔵庫を開けると、コンビニ弁当が残っている。
これで今夜の食事は確保だ。
電子レンジでチンしながら、パソコンの電源を入れる。
仕事は終わったが、動画の視聴くらいはする。
そこは、私が安らげる唯一の場所だった。
コンセントにプラグを差し込む。
その瞬間、異変が起きた。
『バチッ』
小さな火花が散り、同時に部屋の明かりが消える。
ブレーカーが落ちたのだ。
「あ゛ー、やってもうた。」
暗闇の中で唸った。
さて、スマホはどこだったか。
周囲を探す。
テーブルの上にあるはずのスマホ。
手探りで手にしたスマホ、その灯りを頼りに、ドアの横にあるブレーカーボックスへと向かう。
しかし、近づくと異臭に気づいた。
焦げたような、プラスチックが溶けるような匂いだ。
「おかしいな…。」
スマホのライトでブレーカーボックスを照らす。
そこには特に異変はない。
しかし、この匂いは単なるブレーカー落ちでは済まない。
何かが、燃えている。
コンセント付近を照らしてみる。
壁から煙が出ていた。
火が見えているわけではないが、この状況はまずい。
「消防に電話したほうがいいかな?」
そのまま、電話をすることにした。
「一一九番、消防です。」
電話をかけると、すぐに応答があった。
状況を説明し始めるが、その間にも煙は増えていった。
「すぐに向かいます。建物から出て、安全な場所で待機してください。」
オペレーターの指示に従うことにした。
最低限の貴重品だけを掴んで、玄関から出ようしたときだった。
その時だった。
突然、壁から炎が一気に噴き出した。
ずっと、壁の中で燃えていたのだ。
そして、古い配線と長年溜まった埃が引火し、一気に燃え広がった。
「うわっ!」
驚いて後ずさる。
出口は既に炎に塞がれてしまった。
煙が部屋中に広がり、呼吸が苦しくなる。
窓から逃げるしかない。
窓に向かうが、六階の狭い窓。
飛び降りれば確実に死ぬ。
かといって、このまま待っていれば煙に巻かれる。
「助けて…!」
窓を開け、外に向かって叫ぶ。
夜の静けさの中、私の声はむなしく響いた。
誰も気づかないだろう。
煙が部屋いっぱいに広がり、目が痛く、喉が焼けるように熱い。
酸素が不足してきたのか、頭がぼんやりとし始める。
床に這いつくばり、できるだけ煙を避けようとする。
スマートフォンで再び消防に状況を伝える。
「なるべく煙を吸わずに速やかに避難してください。」
避難は不可能だった。
炎は勢いを増し、天井にまで達している。
熱波が部屋中を包み込み、呼吸するたびに肺が焼けるような痛みを感じる。
酸素が欠乏していくのを感じる。意識が朦朧とし始める。
もう立つことさえできない。
遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
あと少し、もう少しだけ耐えれば。
カーペットに横たわり、煙の向こうに見える天井を見つめる。
もっと部屋を掃除しておけば良かった。
コンセント周りの埃も取っておくべきだった。そんな後悔が浮かぶ。
焼け付くような痛みを覚えながら、意識は深い闇へと沈んでいった。




