一方、都では
「くそっ!」
ダンッ! と拳を叩きつける音が聞こえた。
その部屋は机に治まりきらないほどの書類が床にまでびっしりと散らばっており、その中心には頭を抱えた男がいた。
「なんでこんなにも支払い要求がきている!?」
男の手には身に覚えのない請求書が握られていた。
請求書は全て己の商会宛てで、支払い人の欄には自分の名前――レムベオ・アンビションと記されている。
床に散らばった書類は全て請求書だった。
書かれた品物はどれも高価なものばかりの……。
「シルク、宝石、アクセサリー!? こんなもの儂の商会で扱う訳がないだろうが!」
しかも一つ一つがバカにならない金額で、すべての請求金額を合わせたら一体どれほどになるのか。想像もしたくないほどだ。
「くそくそくそ! こんな要求されてしまっては、エルピシラを売った金が底をついてしまうじゃないか! 儂は絶対に買ってないのに!」
男、レムベオは血走った眼で空を見た。
(あの小娘! 儂に受けた恩を仇で返しおって! ただじゃすまさん!)
レムベオは商会の仕事をエルピシラに押し付け、自分は王都で悠々と暮らしていた。
エルピシラは自分には逆らえないはずだったからだ。
それなのにこの状況。
(どうしてこうなった!? とにかく全責任を取らせなければ。じゃないと……っ!)
――コンコン
ふいに部屋のドアが叩かれる。
レムベオはその音に怯え、息を殺した。
「伯爵様~。いるのはわかっているんですよ。出てきてください」
「支払期限なんですよ」
「さあ、約束です。返してもらいましょうか」
ドアの外にはたくさんの商人が押しよせて来ている。
皆この請求書を送ってきた商人たちだ。
ドンドンと叩かれるドアは、ついに悲鳴を上げて開かれた。
「ああ、いたいた。伯爵様。ダメですよ」
「ひっ」
商人たちは鍵のかかったドアをこじ開けて強引に入ってきた。
その先頭には強面のスキンヘッドの男が、厳しい目を光らせてレムベオを睨んでいる。
「ちゃんと対価を払ってもらわないと、うちも商売上がったりなんすよ」
「こ、これは儂の指示じゃあない! あの小娘がやったことだ! なら請求はあの小娘にすべきだろう!?」
「請求書をご覧になってないんすか? お嬢さんはちゃんと支払人に伯爵の名を書いてますよ。いつも通りにね」
「そ、それは……」
「それに例え騙されていたとしても、ご自身の仕事を把握されていなかった伯爵の落ち度でしょう。うちらにはなんの関係もありません。ってことで、支払いはちゃんとしてもらいますよ」
「ま、待ってくれ! 一度に支払うとなると、金が……!」
エルピシラが買っていたのは高級品ばかり。
いくら貴族といえど、一度に支払いをすれば破産してしまう額だった。
「金がない? ならしょうがないっすね。貴殿のコレクションを差し押さえるしかないっすわ」
「な、なんだと!?」
「それも書いてあるんすよ。『支払いに応じなかった際、屋敷の調度品や支払いに相当する物を与える』とね。ということで、お前たち」
スキンヘッドの男の一声で、商人たちは屋敷に飾られていたものを根こそぎ奪っていく。
「ま、まて! それを集めるのにどれだけ苦労したと!?」
「しゃーなしっすよ。恨むんなら仕事のできない自分を恨みな」
そうして商人たちが去った後には何も残らなかった。
コレクションはもちろん、仕事を継続して行うだけの金も、使用人を雇うための金も。
首が回らないとはこのことだ。
「っくそ!」
レムベオは顔を青くしながら、マーケリー伯爵令嬢であるアナンダの元へ走ったのだった。
◇
「……確かにあの娘の情報を売れば、エルピシラがいなくなった分の補填はするといいましたわ」
出迎えてくれたアナンダに縋りつくように訴えれば、アナンダはそう口にした。
「なら!」
「でもそれはいなくなったときのこと。それに情報量として領地経営を5年はできるであろう金額をお渡ししました。それ以降の話は、わたくしの知るところじゃありません」
「そう言わず、助けてくれ! あの小娘がいなくなったせいでこんなことになっているんだから、補填の対象だろう!?」
「っは」
レムベオの必死な訴えに、けれどもアナンダは侮蔑を込めた笑みを送った。
「それは貴方の落ち度でしょう? 自分の仕事の出来なさ加減をひけらかしているようなものですわ」
「なっ!?」
「マーケリー家はすでにあの女に関する不利益のお支払いはしております。もう貴方を補助する必要はないのですよ。おかえりを」
アナンダに掴みかかろうとするも、護衛の騎士たちに阻まれ外に捨てられる。
土にまみれたレムベオは、屈辱と怒りに震えながら去るしかなかった。
◇
「まったく」
レムベオが去っていくのを、アナンダは屋敷の窓から眺めていた。
実はアナンダ、レムベオがああなると予想を付けていた。
レムベオの仕事のできなさは、商人たちの中ではわりと有名だったからだ。
知っていて、放置していた。
だってアナンダにとって、レムベオは単なる駒に過ぎないのだから。
なんなら重要な駒ですらない。ただの捨て駒だ。
(でもこんなにすぐ、借金に追われることになるなんて……)
アナンダは目を細めて考える。
大した仕事もせずにでかい顔をしている、時代錯誤の領主。それがレムベオに対する評価だった。
(それでも今までまがいなりにも伯爵でいられたのは、優秀な使用人や従業員がいるのだと思っていたけれど……)
あの小娘。
エルピシラがいなくなってすぐこうなるのは予想外だった。
(もしかしてあの娘が伯爵家の仕事を補えるほど優秀な女だったと……?)
アナンダの脳裏には、断罪されるときのエルピシラの笑みが映し出されていた。
追放がきまっているというのに、怯えるどころか、喜んで見えたあの笑みが。
あの女をスキアー辺境伯領に送った以上、自分の計画の妨げになるとは考えにくい。
けれど何かが引っかかる。
(少し、調べる必要がありそうね)
アナンダはふっと笑うと、一枚の手紙を書きはじめた。
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