7.ミラーシスという植物
大きな川を有したカタフニア王国は、干ばつとは無縁の水資源豊かな国だった。
けれど追放されてから二年後、それは始まってしまった。
日照り続きで川が干上がり、作物は枯れ、あっという間に食糧難に陥ったのだ。
国中が飢えに苦しみ、疲弊していた。
当然のごとくわたし達もすぐに倒れることになった。
もともとギリギリな生活をしていた上に栄養状態がよくなかったからだ。
でも、運はよかったらしい。
命が尽きる前に、助けてくれた人たちがいたのだ。
そして彼らはミラーシスの食べ方を教えてくれた。
他の作物は枯れはてていたが、幸いにもミラーシスだけは生き残っていたのだ。
ミラーシスは熱や乾燥に強く、水分を細胞内にためておく性質があるらしい。
なにはともあれ、そのおかげでわたしたちは息を吹き返した。
けれど……。
“都では餓死者が出始めているのに、一番初めに死ぬべき奴らが生きているなんておかしい”
そんな理不尽な声が上がっていた。
そして国はこれ幸いと、全ての不満を領地に向けさせてきた。
干ばつの原因がスキアー辺境伯領だと発表し、討伐の名のもとに領地全体を焼き払ったのだ――。
◇
「干ばつ……? この国が?」
「ええ。必ず起こりますわ」
旦那様は首をひねっていたが、未来では必ず干ばつが起こる。
それ自体を止めることなどできない。
けれど来ると分かっているのなら対策はたてられる。
だからこそ他の作物ではなくてミラーシスを選んだのだ。
「信じられないのも無理はありません。わたしの話には根拠などないですからね」
あの経験が夢だった可能性も否定できないし、もしかしたら干ばつだって起こらないかもしれない。
むしろ、そうであったらどれほどよかっただろう。
でも一度目で見てきたことは全て、今世でも起こってしまった。
だから先手先手を打ってきた。これまでも、これからもずっと……。
「エルが言うのなら干ばつもいつかは起こるんだろう。根拠がなくても、アタシら領民はエルのいうことを信じているよ」
ふと言われた言葉に振り返ると、優しい顔でわたしを見つめるおばあ様たちがいた。
「この子はアタシらを生かすために、危険を冒してでも支援し続けてくれた。見捨てられた地のためにそこまでする人を、どうして疑える?」
「そうだぞ。俺たちはエルに救われてきた。ならエルの為したいことの力になってやらねぇと。干ばつ対策だろうが、独立だろうがな!」
「二人とも……」
二人の言葉にまた涙腺が緩くなってしまったが、唇を噛み耐えた。
「……ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ。まあでも、もしも干ばつが起きなかったとしても、この地でミラーシスを作る利点はあるのよ」
監視されていたこの地では一定以上の量の作物を作ることはできなかった。
その点雑草と思われているミラーシスなら植え放題だった。
「それにミラーシスはどこも捨てるとこがないの。少ない栄養で大きく育つくらい生命力にあふれる植物だからね。領地の再生にはぴったりだと思いません?」
雑草とされていたミラーシスだったが、じつは根や茎は食用に、葉や花は薬に、綿は糸にできるという、とんでもないポテンシャルを持った植物だった。
バレるリスクが少なく、かつ食糧問題を解決できる。
(それに、これを必要としているのは領民だけじゃないわ)
わたしたちは食用として必要としているけれど、ミラーシスでしか作れない薬もある。
さらに量が取れるようになったら、綿からとった糸で衣服の質を上げてくれるだろう。
そんなもの使わないという選択肢はない。
「……なるほど、確かに」
「分かっていただけて嬉しいですわ。実はというと、旦那様のスペシャルメニューにもこれを使っていたのですよ」
「そうなのですか?」
「ええ。スープにはすりおろして入れていますし、パンにも使っていました。体調が前より良くなったのも、栄養満点のミラーシスのおかげかもしれないですね」
にっこりとほほえめば、旦那様は複雑そうな顔をした。
「それほどすごいものを、私は知らずにいたのですね。領民たちも知っているのに……。領主失格だ」
「旦那様はお体が弱っていらっしゃったのです。仕方がありませんわ。わたしにお任せください」
最近はようやく少しずつ良くなる兆しを見せているが、今まではほぼ寝たきりの生活だったのだ。
歩くだけでも大変なのに、領地のことにまで気にしてしまったら、回復も遅くなってしまう。
そう思って伝えていなかったけれど、旦那様は緩やかに首をふった。
「いいえ。今までできなかったからこそ、今後は領地のこともやっていく必要がある。それが領主たる私の責務です。だから教えてほしい。貴女は、私よりもはるかにこの地のことを知っているでしょうから」
「……ええもちろん。望まれるだけ」
「ありがとう」
旦那様はそういうとふっと笑った。
今までの諦めの笑みではない。希望の乗った笑みだった。
それがたまらなく嬉しい。
わたしは、この笑みを守るために戻ってきたのだから……。
◇
領地の視察を終えて屋敷に戻ってすぐ、旦那様はあくびをもらした。
身体を動かしたせいで疲れてしまったのだろう。
「すみません。少し歩いただけなのに……情けない」
「ふふ。いいんですよ。眠たくなるのは体が休息を欲している証拠。さ、お休みになられてくださいな」
わたしは旦那様を部屋へと連れていくと、いそいそと寝支度を整えていく。
その様子を眺めていた旦那様がぽつりとつぶやいた。
「使用人を雇わなくては」
「あら、なぜです?」
「貴女に、負担ばかりかけてしまっているから」
告げられた言葉に目を見開く。そして笑みがこぼれた。
「ふふ。そんなこと気になさらなくていいのに。……でもそうですね。気になるというのなら推薦したい者がおりますわ」
わたしはミールにセージを呼んできてもらった。
しばらくすると、この間と同じく目深にフードを被った男が部屋に現れる。
「……この間、闇商人風の男? 名は確か……セージだったでしょうか」
「ええそうです。セージの優秀さは補償いたします。そしてあなたにも尽くしてくれるでしょう。……ただ一つ問題が」
「?」
わたしは少しだけ口ごもってしまった。
でもいつかは言わなくてはいけないこと。いつまでも黙っている訳にはいかない。
そう思い口を開いた。
「……その、旦那様は双子についてどう思われますか?」
「双子……ですか」
この国では、双子は禁忌とされている。
詳しくは知らないが建国の際、王家に呪いをかけた存在がいて、それが双子だったとかなんとか。
それゆえ双子は忌み嫌われている。
その嫌われっぷりと言ったら、双子が生まれたらどちらかをすぐに間引かなくてはいけないという取り決めがあったり、それを取り仕切る役職があったりするくらいだ。
とにかく嫌われ者という印象が強い存在である。
「……そうですね」
しばらくすると旦那様は顔を上げた。
「私は双子だろうとなんだろうと、私たちと変わらぬ命だと思います。それに私やこの地にいるもの達も国に嫌われた者たち。ある意味では似た者同士ではないでしょうか」
「……では排除は?」
「しませんよ、そんなこと。確かに国は双子を悪と決めつけて片方の命を奪うことを良しとしていますが、命を奪うのが正義だなんて思いたくありません。貴女も言っていたではないですか。『その人の価値はその人の行動に現れるものだ』と」
「……あ」
「だから私は自分でみたものを信じたい。身分や血筋にこだわらずにね」
旦那様はそう言って優しげなまなざしで見つめてきた。
透き通った水色に嘘はない。だからわたしも自然と覚悟を決めることができた。
「……旦那様ならそう言ってくださると思いましたわ」
そう言いながらミールとセージを並ばせると、セージが被っていたフードを取る。
フードの中から現れたのは、ミールとそっくりな顔の男だった。
透き通った赤い瞳は同じで、違うところと言えば髪色が少しだけセージの方が濃いくらいである。
「なるほど、双子でしたか」
旦那様は納得したように頷いた。
「ええ。改めて紹介いたします。見た目は華奢ですが力持ちなミールと、足が速く情報収集などで重宝しているセージです。規則に背き逃げ隠れていたところを見つけて保護してから、忠誠を誓ってくれています。あなたの役にも立ってくれるでしょう」
ミールとセージが路地裏で蹲っていたのは、追手から逃れるためだった。
人に怯え、息を殺し、ただ脅威が去るのを待っていたのだ。
それが1度目の私に重なった。
だからわたしは彼らに手を差し伸べたのだ。
「そうですか。貴女が推薦するくらいなので優秀なのでしょうね。二人とも、これからよろしく」
旦那様は拍子抜けするほどあっさりと受け入れてくれた。
先ほどの言葉通り、排除する気などまったくないのだろう。
そして軽く挨拶を済ませると、旦那様はすぐに舟をこぎ始めた。
数分もすれば寝息が聞こえ始める。
わたしはそれを見届けて部屋を出ていった。
(やはり、彼は大きな器を持っているわね)
1度目でもわたしは彼の器の大きさに救われた。
でもそんな彼を、わたしは救うことができなかった。
(だから今回は)
――絶対に守り抜いてみせる。
わたしは決意を新たに窓の外で輝く月を見上げた。
いつの間にか丸くなった月は、わたしが追放されてから経った時間を教えてくれる。
仕組んでおいた種が芽吹くには十分な時間が経ったことを。
「……請求書の期日、もうそろそろね」
もしも。
もしも他国との貿易を担っている商会が機能しなくなったら。
機能し続けるのが不可能なほどの取り立てにあったら。
はたしてどれだけのダメージを国に与えることができるだろうか。
考えれば自然と口角が上がっていく。
きっと今のわたしは意地の悪い笑みを浮かべていることだろう。
「自分は人を虐げてもいい立場にいると思っているのなら、目を覚まさせてあげる」
じきに国中が慌ただしくなるだろう。でも止まってあげるつもりはない。
わたしから全て奪ったやつらを。皆の命をもてあそんだやつらを。許すつもりなど毛頭ないのだから。
「せいぜい苦しみながら踊ってくださいな」
冷たい言葉は、暗い廊下に重たく響いた。
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