6.本命は?
燃えさかる屋敷。聞こえてくる断末魔。それらを包み込む赤い炎……。
肌を焦がしていく熱は熱いはずなのに、わたしの心は凍りきっていた。
『……あぁ』
荒れ果てた屋敷の中心で血に染まり倒れているのは――。
◇
――ハッ!
重くなった体を無理やり起こと、冷たい汗が首筋をつたった。
慌てて辺りを見回せば、ここ数日使っていた空き部屋が夜明けの光に照らされていた。
「…………はあ」
思わず重たいため息がでてしまう。
(また、この夢)
おそらく一度目の記憶から作られているであろうその夢は、死に戻ってからずっと、繰り返し見ている夢だ。
見るたびに細かいところは変わっているが、最終的に燃やされて命尽きるというシナリオは変わらない。
(使用人を排除したから、何か変わるかとも思ったけれど)
そう簡単にトラウマを克服することはできないらしい。
いやにリアルな夢は、夜な夜なわたしを苛む。
まるであのときの痛みや悲しみ、憎しみを忘れるなとでも言うように……。
「……大丈夫。忘れてなんかないわ」
わたしはうすぼんやりと浮かびあがってきた外を眺めた。
青々とした畑が並ぶ、この穏やかな地を。
「奪わせはしないわ」
そんな未来にはさせない。
そのためにわたしはここに戻ってきたのだから。
◇
「それでは領地に行ってまいりますわ」
邪魔者を排除したあの日から、数日が経った。
ここ最近は使用人がいなくなった屋敷をミールと共に掃除したり、栄養失調な旦那様にスペシャルメニューを用意したりで領地に行くことができなかった。
少し落ちついた今なら、領地の改革を始めるにはちょうどよいだろう。
「待ってください。私も参ります」
「え? でも」
「おかげさまで、体調が良い日は出歩けるようになってきましたし。少しでも体力をつけられるよう、動いていかなければ」
そう言われてしまえば、無理に押しとどめることもできない。
(まあ、それほど広いわけではないから大丈夫かしら?)
スキアー辺境伯領は端から端まで数時間で歩いていけるくらいの広さしかない。
それに今日向かう場所は、比較的屋敷からも近い。
「……無理はなさらないでくださいね。ミール、荷物はお願いしていいかしら」
「ええ、お任せください!」
ということで、共に領地へと歩いていく。
旦那様に合わせてゆっくりと歩くこと三十分。一軒の民家が見えてきた。
その家の前には、既に老夫婦が待っていた。
「お待たせしましたか?」
「いいや大丈夫さ。それより、よく来たねぇ」
「会いたかったよ。エルピシラ」
老夫婦は涙ぐみながらわたしの手を握った。
「わたしも、会いたかったです。おじい様、おばあ様。……ごめんなさいね。わたしと関わったばかりに、大変な目にあわせてしまって……」
「なあに言ってるんだい? そんなの、エルのせいじゃないだろうに」
「そうだよ。俺たちはお前を拾ったことを後悔したことなど一度もないんだから」
「二人とも……」
わたしも二人の手を握り返す。
記憶の中よりシワの増えたそれは、たくさんの苦労を重ねてきた手だ。
「……知り合いなのですか?」
旦那様は遠慮がちに聞いてきた。
そう言えば、まだ紹介していなかったことを思いだす。
「旦那様、こちらはケビンおじい様とアインおばあ様です。捨て子だったわたしを拾って育ててくださった方ですの」
旦那様はおじい様たちと握手をしつつ、思わずと言った声を上げた。
「捨て子……?」
「ああ、言っていませんでしたね。わたしは生まれたばかりのころに捨てられていたそうです。それを拾って育ててくれたのがこの二人なのですわ」
わたしはもともと出自がはっきりしない。
誰の子なのか、なぜ捨てられていたのかすら分からないのだ。
(まあでも、そんなこと気にしたことなかったけれど)
おじい様たちはそんなわたしに、とめどない愛情を注いで育ててくれたから。
「でもある日、アンビション伯爵に見つかってしまった。そして攫われ、シェイファー・アンビションとして生きることを強要されておりましたの」
されてきたことを思いだして顔が曇る。
それはおじい様たちも同じだったようで、怒りの声をあげた。
「伯爵はね、アタシらの大事なものを奪ったのさ。有無を言わさずにね」
「ああ。でもそれだけじゃない。奴らは俺たちを口封じしようと、住んでいた家を焼き払ったんだ。エルを連れ去った次の日にな」
「……」
そうなのだ。
伯爵はわたしを攫った後、おじい様たちを人質に言うことをきかせてきた。
けれど本当は、連れ去った翌日に亡き者にしていた。
わたしがそれを知ったのは、一度目人生で追放された日だった。
伯爵は用済みになったわたしに、笑いながらそう告げてきたのだ。
そのときの絶望感といったらない。
わたしの十年は、一体何だったのかと……。
だから8歳のころに死に戻ったときは感謝した。
これなら二人も救うことができると。
「アタシらが今生きていられるのは全部、エルの『スキアー辺境伯領に逃げろ』っていう予言のおかげだよ。本当にありがとね」
「いえ。当然のことをしたまでよ」
おばあ様はわたしの手を再び握ってきた。
ほんのりと体温が伝わってくる。
(……生きている人の温かさね)
ふいに目がジンとした。安心したのだろう。
(でも泣いている暇はないわ)
わたしにはやらなくていけないことがまだまだたくさん残っているのだから。
だからわたしは気持ちを切りかえ笑みをのせた。
「それよりも、わたしのいうことを信じて動いてくれてありがとう。じゃなかったらきっとこんな風にうまくいかなかったわ」
「娘のことを信じるのは当り前さ。まあ初めはアタシもビックリしたけどね。だって本命の物資がこんな種だとは思っていなかったからさ」
そういったおばあ様が取り出したのは、黒い小さな種だった。
「ちゃんと届いていたのね。よかったわ。領地を見て回ったときも畑にたくさん花が咲いていて、嬉しくなっちゃった。領地の皆にももういきわたっているのよね?」
「ああもちろん。エルの言った通り、少ない栄養でもよく育つから助かっているよ」
おばあ様は近くの畑を指さした。
そこには小さな白い花と大きな緑の葉を伸ばした植物が実っている。
「そこで育っているのも全部これさ。領民たちも皆感謝していたよ。信じて作ってみたら、飢えることがなくなったってね。領民の栄養状態もよくなったみたいだよ」
「本当によかったわ。でもそうなれたのは領民の皆さんがわたしのことを信じてくれたから。ひいては二人のおかげよ」
「なあに言っているんだい? エルのおかげだよ」
「いえいえ。二人のよ」
「「いやいやいや」」
おばあ様と遠慮し合っていると、様子を伺っていた旦那様がおずおずと手を上げたのが見えた。
「ええと、それは一体?」
「ああ。旦那様は初めて目にされます? これはミラーシスという雑草の種ですわ」
「雑草? 食料や服ではなく、雑草が本命だったのですか?」
旦那様は不思議そうに目を瞬かせた。
まあ支援物資といえば、すぐに食べられるものや使えるものを思い浮かべるだろうからムリはない。
「たしかに食料や衣服は確かに必要ですし、送れば助けになります。でもこの地で育てることのできるもの、収穫できるものを根付かせなければ根本的な解決にはなりませんわ」
定期的に送っていたとはいえ、物資はいずれ底をつく。
自分たちで地力を上げる必要がある以上、それでは意味がないのだ。
「それに、すぐに食べられるものだと監視役に奪われる可能性もありましたから」
「なるほど。ですがなぜ雑草を? 聞いている限りだと食べられるようですが……」
「もちろん食べられます。とはいっても一般的には食べられるとは思われていませんが。それどころか他の作物に必要な陽光を遮ってしまう程大きく成長するので、厄介な雑草だと思われている節がありますわ」
ミラーシスがある場所では作物が育たないので、有害な雑草の代表格として見つかり次第駆除されていた。
そんな植物を育ててみて食べようとする者などいるはずがない。
旦那様もそう思ったのだろう。小首をかしげていた。
「なぜそんなものを? 他の作物の種ではダメだったのですか?」
確かに旦那様のいう通り、普通の作物を育てようと思えば育てることはできただろう。
けれど……。
「それはお勧めできません」
思わず強く低い声が出てしまい、咳ばらいをする。
「失礼しました。でも、他の作物ではだめなのです。だって……」
一度目の記憶を呼び起こす。
領地ごと燃やされることになった原因を――。
「他の作物は、未来で起こる大きな干ばつを乗り越えられないですから」
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